
贋作ドールに黒百合を
【あらすじ】
知る人ぞ知る人形店「シャン・ドール店」。その先代の店主・シャン爺さんの作る人形には魂が宿っている、と評判だった。ある日、後継ぎのフェイロンの元に自らを「生きたドール」だと名乗る人形がやってくる。
フェイロンを監察する政府の裏組織「安全調査局」の局員も、生きた人形を訝しがりつつも、前例があるため受け入れてしまうが……。
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前作→「贋作ドールに魂を」を一読していた方がわかりやすいですが、単体で演じても構いません。
・性転換→×
※但し、演者の性別は問いません。
・一人称、口調、語尾等変更→×
・アドリブ→キャラクターのイメージを大きく損なわない程度であれば〇
◇登場人物◇
フェイロン:
(性別不問)
ドール職人の少年で、死体を操ると言われているネクロマンサーの生き残り。今は亡き先代の店主・シャン爺さんの作ったドールに完全性を見出し、強い憧れを抱いている。シャン爺さんの遺したネクロマンサーの書物から、ドールに魂を宿そうと試みたこともあったが、今は他の方法を模索している。定期的に様子を見に来るユーエンたちには、少しずつ心を開いてきているが、まだ警戒心がある。ドールに対しては素直に接することができる。
マリアンヌ:
(性別不問)
喋って動く小汚いフランス人形。フェイロンが施した東洋の呪術により、身も心も汚いオッサンの悪霊が宿っている。フェイロンの身体を乗っ取るべく付け狙っていたが、今は諦めて和解している。口が悪く粗暴。綺麗な女性に目がなく、生前はそれで身を滅ぼしたらしい。
※外面(人形の見た目)に合わせて女性でも、内面(オッサン)に合わせて男性でも。
ユーエン:
(男性)
政府機関・安全調査局のインテリ局員。局の中にはファンも多い、二枚目の四十路。仕事中の愛想はいいが、実際はニヒルでそっけない。冷静さを欠くと煙草が手放せなくなるが、ヨウリンからは嫌がられている。十五年前に、政府の指示でネクロマンサーの粛正に関わり、未だ後味の悪さと良心の呵責を感じている。
ヨウリン:
(女性)
ユーエンの部下で若手局員。糸目で痩せぎす。この辺には見られない、わざとらしい訛りがある。一見おしとやかで物腰がやわらかいが、大抵は遠回しな嫌みが含まれている。誰に対しても臆せず馴れ馴れしく、任務のどこか楽しんでいる節がある。可愛いものに目がない。
※途中でアザミが憑依し、ヨウリンの振りをしてから本性を現す場面がある
アザミ:
(女性)
東洋をモチーフにした、黒髪の美しい人形。シャン爺さんが作った「生きるドール」を自称する。上品な物言いや振る舞いは、見せかけである。その実態は、粛清から逃れようとしたネクロマンサーの魂が入り込んだものだった。一族を抹殺した安全調査局、ひいてはユーエンを激しく恨み、殺そうとする。ずっと閉じ込められていたため、閉所恐怖症である。
※途中でヨウリンが憑依する場面がある
◇用語解説◇
◆シャン・ドール店……フェイロンの育ての親であり人形の師でもある、シャン爺さんが営んでいた人形店。数十年前、彼が作った人形には魂が宿っていると巷では有名だった。シャン爺さん亡き後はフェイロンが店を引き継いだ。
◆安全調査局(通称安調局)……治安の維持を目的とする政府の裏組織。反政府組織や思想犯、犯罪者予備軍などの危険人物の捕縛、処罰を担う。表向きには局員は公務員ということになっているが、謎多い組織である。
◆ネクロマンサー……死霊を操るといわれている謎の一族。フェイロンはその生き残りであり、生まれて間もなく、分厚い本と共にシャン爺さんに預けられたらしい。
2026/07

フェイロン:
人間を構成するのは二つの要素。すなわち、肉体と魂。一方、完璧なドールを構成するのも同じ。魂が宿る生きたドールを作ったのは、ラオシャンのみ。ボクがアンタを越えられる日は、来るんだろうか。
ー間。
アザミ:
……『骨は土へ、息は風へ、魂は人へ。命は繋がり、霊は巡る。花は朽ちても、実は継(つぐ)る。我が命に従い、魂魄(こんぱく)よ、この傀儡(くぐつ)に咲き出でよ。』
ー間。
ー安全調査局内で、ユーエンとヨウリンが報告書を前に話をしている。
ヨウリン:
これはウチが先輩から聞いた話なんやけどな。安全調査局の地下は、専用のカードがないと入れんようになってんけど。実は、資料室があるんやって。
ユーエン:
ふん、おおむね事実だな。
ヨウリン:
にぎやかやな、ニイニイ。まだ突っ込むところちゃうで。そんで、中には過去の事件の資料やら押収品やらがあるらしいんやけど、そん中に世にも恐ろしい、呪いの木箱があるんやって。大きさはこんくらいで、お札がいっぱい貼ってあるらしいで。
ユーエン:
ほう。東洋のコトリバコか何かか?
ヨウリン:
その箱からは、夜な夜な「ドンドン、ドンドン」て、中から何かが叩くような音がするんやって。そんでもって、「出して、出して。」ちゅう、子供のくぐもった声まで聞こえてくるんやって。
ユーエン:
なるほど。呪物というよりは、中に端末が入ってそうだな。
ヨウリン:
ニイニイー? ウチがせっかくおもろい話しとるのに、話を盛り上げてくれはるなんて、えらい親切やなあ。
ユーエン:
君は口よりも手を動かせ。報告書を書くのがそんなに退屈か? にしたって、怪談なんて大体、眉唾もんだろ。どうせ、幽霊の正体見たり枯れ尾花だ。はっ、くだらねえ。
ヨウリン:
んもう、ニイニイはほんまに優しいなあ。でも、超常現象ちゅうもんは、やっぱりあるんとちゃう?
ユーエン:
ふん、どうだかな。
ヨウリン:
喋るフランス人形のこと、もう忘れてしもたん? あー、四十路やし人生経験も豊富なんやから、しゃあないか。
ユーエン:
馬鹿言え。マリアンヌ、だったか。あんな強烈な人形、忘れたくても忘れられねえさ。東洋の呪術に、フェイロン君の素性と言い、ありゃ特例に決まってんだろ。
ヨウリン:
あの子がネクロマンサーの生き残りやったなんて、たまげたなあ。
ユーエン:
その名前をここで出すんじゃねえ。これ以上おしゃべりを続けてえなら、俺はそろそろ一服するぞ。
ヨウリン:
ここよりも、外の方が涼しくてええと思うで。あ、終わったら消臭剤も忘れんといてな。ハーブの香りの方がニイニイにはよう似合うと思うわ。
ユーエン:
相変わらず君って奴は……。あー、そう言えばそろそろあいつらを見に行く時期だったか。
ヨウリン:
ま、暇つぶしにはちょうどええやろね。
ー間。
ーシャン・ドール店内。フェイロンが帳簿を見ていると、机の上にマリアンヌがよじ登ってくる。
マリアンヌ:
おい、お前さん。何見てんだよ? うげえ、字がびっしり。なんだなんだあ? モテるためのお勉強かあ?
フェイロン:
ラオシャンの帳簿。これはちょうど十五年前のやつ。
マリアンヌ:
ほーん? そんなん見て何が楽しいのかねえ。可愛い女の子のことでも書いてなきゃ、興味ないね。
フェイロン:
ちょうどボクの誕生日と言われてる日。九月二十日だ。……『売上 ドール 五百ゼン』
マリアンヌ:
え、ちょ、五百ゼン? うっひょー、大金じゃねえの! その金は今どこに―
フェイロン:
『支払い ドール材料ほか雑費、計三百五十ゼン』
マリアンヌ:
ひい、ふう、みい……。は? ちきしょー! 残ったのは百五十ゼンだけかよ!
フェイロン:
商売の利益なんてそんなもん。飯も食わないアンタが、金を使う場面なんてないだろ。大体、店の金。
マリアンヌ:
あん? 確かにワシに金はかからん。とってもコスパのいいフレンチレディー、かっこ中身イケオジだ。だがな、ワシに寄って来るかわいこちゃんズには、それなりに金がかかんだよ。ブランドバッグにアクセサリーに高級コスメ。百五十ゼンなんて、一瞬で吹っ飛ぶわ!
フェイロン:
まだそんな寝言を言ってるのか……。
ー店先から、小さいノックの音がする。
アザミ:
ごめんくださいまし。
フェイロン:
客か。おい、勝手に出るなよ? そこに隠れてろ。
マリアンヌ:
わあってるよ。……おし、行ったな? へっへっへ。この双眼鏡で、どんなかわいこちゃんが来たかお見通しだぜ。……ほお。これは……ごくり。なかなかのべっぴんさんじゃねえの。黒髪ストレート、ぱっちりおめめに白い肌。服は黒のへんてこだが、ありゃ東洋のキモノか? うーん、奥ゆかしくて逆にそそられるねえ。超激カワ、マジテンアゲ!
フェイロン:
(ドアを開ける)あれ? 誰もいない。……悪戯か。
アザミ:
足元でございます。こちらでございますよ。
マリアンヌ:
ただ気になるのは、プロポーションと頭身が少々惜しい気が……てか、え? 待って? もしかして、ワシと同じサイズ感?!
フェイロン:
―っ!
アザミ:
何かおかしなことでもございましたか?
フェイロン:
いや、だって。マリアンヌがいるとはいえ……アンタ、ドール? いや、でもどうやってここまで……? それに、その作風、見覚えが……。
アザミ:
お察しの通りでございます。シャンおじい様のお孫様でございますね。ずっと、お会いしとうございました。あたくし、アザミと申します。シャン・ドール店の最高傑作にして、この世で唯一の「生きたドール」でございますわ。
フェイロン:
……っ! まさか、本当にいたなんて。「生きたドール」……初めて見る。
マリアンヌ:
おーい。ワシは? ワシも生きてるぞー。元気だぞー。
アザミ:
ふふっ。お気に召していただけて、何よりでございます。
フェイロン:
夢みたいだ……。あ、ここだと人目に付く。とりあえず、中に入って。
アザミ:
それには一つお願いがございます。ドアを少し開けておいていただけませんこと?
フェイロン:
……? それは別に構わないけど。
アザミ:
お邪魔致します。
マリアンヌ:
ど・う・もマドモアゼル。ワシはフレンチレディーのマリアンヌ。ただのしがないイケオジだ。ごほん、よろしく。
アザミ:
あらまあ。あたくしの他にも、「生きたドール」がいらっしゃったなんて……。
フェイロン:
そいつはただの悪霊。東洋の呪術で宿ったんだ。
アザミ:
それはまあ、おかわいそうに。
マリアンヌ:
とんでもねえ。ワシは今、超々最高に幸せよ。なぜって、こんなにもかんわい~い女の子と出会えたから。それはもちろん、チ・ミ・の・こ・と。えへ。えへへ。ぐへへへへ。
アザミ:
まあ、へんてこな笑い方。
フェイロン:
見苦しいぞ、ゲス人形。こいつのことは置いておいて、話を聞かせて。
アザミ:
もちろんでございます。
ー店先に、ユーエンたちがやってくる。
ユーエン:
フェイロン君、いるか?
フェイロン:
……ユーエンさんたちか。間が悪いな。
マリアンヌ:
とりあえずこっちは任せとけって。ちょっくらしけこみ……ごほん、一緒に隠れてるからよ。さあさあお嬢さん、こっちですぜ。ちょっとやべえ奴らが来たもんで、一緒に戸棚へ隠れましょうぜ。
アザミ:
待って! あたくし、狭いところは―
ーマリアンヌがアザミの手を引いて戸棚の中に入り、扉を閉める。
ヨウリン:
誰もおらんの? ドアは開いとるのになあ。珍しいなあ、あの子も急にアウトドアに目覚めたんやろか?
ユーエン:
いねえなら、ちょいと一服してくる。君は待っててくれ。
ヨウリン:
こんな店先やのうて、あと五十歩くらい離れてや。しっし。
フェイロン:
(ドアを開ける)待たせてごめん。ヨウリン……さん。
ヨウリン:
久しぶりやな。ニイニイは後で来るから、先に邪魔するで。話、聞かせてや。
フェイロン:
今日は立て込んでるから、早めでお願い。
ヨウリン:
はいはーい。マリリンがおらんけど、どないしたん?
フェイロン:
……テレビにくぎ付け。好きな女優が出てるらしい。
ヨウリン:
はーん。あの子らしいわ。ほんなら、今月製作したお人形さんと、お客さんたちの様子について聞かせてや。
ー間。
ー戸棚の中
マリアンヌ:
ったく、あの暴力女たちには困ったもんだぜ。こっちの予定はお構いなし、アポなしで毎月のように突然やってきてよ。
アザミ:
(震えている)……。
マリアンヌ:
こんなに震えて、かわいそうになあ。暴力女が怖いのか? よしよし、ワシが守ってやるぜ。安心しな、えーっと……アザミたん、だっけか?
アザミ:
……嫌だ。暗い。……怖い。
マリアンヌ:
お前さんくらいのべっぴんさんなら、あいつもいきなり殴ったりしねえよ。……あー、でもどうだあ? 女の嫉妬は醜いからなあ。うっかり殴られちまうかも……なーんてな。……よし、もっとくっつけ。うへっ。うへへへへ。
ー間。
ー店内
ユーエン:
失礼、遅れた。
ヨウリン:
ニイニイ、早いなあ。もっとゆっくり、夜中まで一服しとるかと思ったわ。
ユーエン:
そこまで行ったら一服じゃねえ。それよりフェイロン君、調子はどうだ。
フェイロン:
普通。早くドールを作りたいから帰ってほしい。
ヨウリン:
おべっかのうまい子やなあ。
ユーエン:
最近、何か変わったことは?
フェイロン:
……特に。
ヨウリン:
ニイニイ、尋問みたいになっとるで。
ユーエン:
いや、子供と話すのは慣れていなくてだな……。
フェイロン:
子ども扱いしないで。ボクはドール職人としては半人前でも、一人でちゃんと生きてる。
ヨウリン:
ロンロン。人間はな、一人では生きていかれへんで。人っちゅう漢字も、人と人が支えあっとるやろ? せやから、ウチらに何でも相談してや。
フェイロン:
はあ……。
ユーエン:
訳知り顔するな。
ヨウリン:
んもう。たまにはウチにもお姉さんづらさせてや。
ー間。
ー戸棚の中
アザミ:
……あ、あのお方たちは?
マリアンヌ:
いつもやってくるサツの奴らよ。邪魔なら一発、ぶすっとやっとくか?
アザミ:
そんなことがおできになるのですか?
マリアンヌ:
おうよ。もちのろんよ。
アザミ:
まあ、すごい。
マリアンヌ:
へっへっへ。聞いてくれよ。ま、今はマブダチだが、昔はあのクソガキとワシもドンパチやったもんよ。
アザミ:
……ドン、パチ。どうやって?
マリアンヌ:
一番はチャカなんだけどよ、まず手に入れにくい。てなると、手軽なのはドスだな。けど、この体だと、刺すには力が足んなくてよお。そうなると、最終的には罠に落ち着いたな。電気椅子でビリビリさせたり、画びょうをばらまいて刺しまくったりと、もうやんちゃしまくったぜ。ま、この体だと不自由だから、なれるなら人間になりてえもんだけどな。アザミたんもそう思うだろ? あれ? おーい、どうしたー? アザミたーん?
アザミ:
……。
ー店内
ユーエン:
例の本はどこに保管してある?
フェイロン:
金庫の中。カギは常に持ち歩いてる。
ヨウリン:
なあニイニイ。あれ、大事なもんなんやろ? この子に任せるより、安全調査局に管理してもろた方がええんとちゃう?
ー戸棚の中
アザミ:
あんぜん、ちょうさきょく……。
マリアンヌ:
おーい。聞こえてるー? ワシの話、ちゃんと聞いてるー?
アザミ:
出たい。
マリアンヌ:
いや、ワシだって出たいけど。お前さんのことを知られたら絶対面倒だから、今は我慢な? 後で出られるぜ。
アザミ:
出たい。……出して。……出して!
マリアンヌ:
えー、いや、まだ待っ―(アザミに押される)ぐはっ! めっちゃ強い。まさか、あの暴力女といい勝負のじゃじゃ馬!? あ、でも、そんなところも、ジュテーム!
アザミ:
ここから、出して!
ー店内
ユーエン:
ん? さっきから、声がしねえか? 後ろの戸棚から聞こえてくるような……。
フェイロン:
え? えっと……。
ヨウリン:
ニイニイ、待って。「出して」て言うてへん?
アザミ:
……出して。出して、出して、出して。
ヨウリン:
ひい! なんでコトリバコがここにあんねん!
ユーエン:
落ち着け。んなものは存在しねえ。
ヨウリン:
せやけど!
ユーエン:
フェイロン君。まさか、俺たちに隠し事をしてねえだろうな?
フェイロン:
た、たぶん、マリアンヌの悪戯だと思う。おい、静かにしろゲス人形!
ーマリアンヌとアザミが戸棚から出てくる。
マリアンヌ:
よ、よう……お前さんたち。ご機嫌いかが? ボンジュール?
アザミ:
はあ、はあ、はあ……。
ユーエン:
人形が、もう一体……。新しく作ったのか?
ヨウリン:
わ~! この子、えらい可愛いなあ。東洋の服、キモノっちゅうんやろ? 珍しいわあ。ちょっとほこりついとるけど、アンティークな感じがしてええやん。ほんま、ウチにぴったりの美人さんやわあ。ねね、売ってくれへん?
フェイロン:
無理。
ヨウリン:
いけずう。
ユーエン:
もっと肝心なことに気付いてくれ。この人形も動いて喋るのか? 目が動いているが……。
フェイロン:
ボクもさっき会ったばかりなんだ。まだ何も知らない。でもこの作風はまぎれもなくラオシャンのもの。
ヨウリン:
てことは、先代の作ったお人形さんなん? ほんまに「生きたドール」を作っとったんやな。たまげたわあ。
マリアンヌ:
おい、お前さんたちやめろ。アザミたんが怖がってるだろうが!
ユーエン:
アザミ? 名前もついているのか。さっきまでは喋ってたみてえだが、今は―。……ん?
アザミ:
―っ!
マリアンヌ:
どうした? アザミたん。あんちゃんのこと、知ってんのか?
アザミ:
……いえ。
フェイロン:
質問攻めはやめて。ボクの方から聞いておくから。何かあればまた報告する。アンタたちはもう帰って。
ユーエン:
あー……ああ。それもそうだったか。すまねえ。
ヨウリン:
ほなまたな、アザミん。次会うた時は、たくさんおしゃべりしよな。
ー間。
フェイロン:
アザミ、だったね。ごめん、狭いところに閉じ込めて。
アザミ:
あの男性は……。
フェイロン:
ユーエンさん。安全調査局の人。前、マリアンヌやボクのことで世話になって。あの人がどうかしたの?
アザミ:
……。
フェイロン:
大丈夫?
アザミ:
あ、申し訳ございません。少しぼうっとしてしまいまして。
マリアンヌ:
おいおい、まさかあいつに惚れたのか? っけ! 結局世の中顔なんだな! ぐぬぬ……確かにあんちゃんはイケオジだ。それは認めよう。けど、このワシも負けねえくらいのイケオジだぞ。あー、やっぱさっき一発やっとくんだったな。むきー!
フェイロン:
うるさいぞ、ゲス人形。あ、自己紹介、まだだった。ボクはドール職人のフェイロン。ラオシャンの後を継いでこの店をやってる。ゆくゆくはアンタみたいな……生きたドールを作りたいと思ってる。だから、どうやって魂が宿ったのか聞かせてほしい。
アザミ:
それが、あたくしにもわからないのでございます。気づけば存在していたと申しますか……。
マリアンヌ:
そいつはワシも一緒だな。霊なんて基本、自分の顔も年齢も覚えちゃねえからな。
フェイロン:
アンタはただの悪霊だろ。でも、ドールができた時から魂が宿ってるってことは、この子は違う。いったいどうやって……?
アザミ:
お力になれず申し訳ございません。
フェイロン:
いや、いいよ。こうして来てくれただけで、ボクは嬉しい。そういえば、今までどこにいたの?
アザミ:
……記憶がないのでございます。ただ、シャンおじい様に作って頂いたことだけは覚えておりまして。それで、ここに参ったのでございます。
マリアンヌ:
へっ。よっぽどここに強い思い入れがあんのかねえ。こりゃ運命感じちゃうね、ぐへへへへ。
フェイロン:
もういい加減黙れ、ゲス人形!
マリアンヌ:
ぐほお!
アザミ:
あらまあ……。
フェイロン:
こいつの言うことは真面目に聞かないで。それはそうと、ラオシャンは五年前に亡くなったんだ。アザミもそれより前に作られているなら、古いはず。腕にヒビが入ってるし、関節の動きも気になるから、修理させてもらってもいい?
アザミ:
ありがとうございます。恩に着ます。
マリアンヌ:
なあお前さん、ワシの修理はいつするんだ?
フェイロン:
必要ないだろ。
マリアンヌ:
ちきしょー!
ー間。
ー店から出た、帰り道
ユーエン:
喋る人形がまた増えた……。頭が痛てえな。だが一番驚きなのは、こんな状況を甘んじて受け入れるようになっちまった自分だよ。ったく……。
ヨウリン:
既に一匹おるんやから、もう一匹増えても同じやろ。
ユーエン:
んなわけあるか。……あー、もう一本吸いたくなってきた。
ヨウリン:
上への報告はどないするん?
ユーエン:
するわけねえだろ。人形が喋ったなんて言ってみろ。頭がおかしくなったと思われるのがオチだ。
ヨウリン:
あの新しいお人形さん、気になるわあ。
ユーエン:
そうだな。東洋モチーフは、他にあの店にはなかったはずだ。それに、どこかで見たことがあるような気もするんだが……思い出せねえ。
ヨウリン:
四十路のイケオジなんやからしゃあないやろ。ねえウチ、あんな可愛いお人形さん初めて見たわ。あー、お家に飾りたいわあ。
ユーエン:
フェイロン君なら贋作を作れるだろうが、本当に頼むなよ? あそこへは仕事で来ているんだからな。
ヨウリン:
それ、ええやん。うん。そないしよ。ニイニイ、気が利くなあ。ほんなら、ウチへの日頃の感謝を込めて、お代はニイニイ持ちやな。
ユーエン:
……勘弁してくれ。
ー間。
ー数日後。
アザミ:
ありがとうございます。ご主人様のおかげで、この通り腕も足も動きが良くなりました。走るのも跳ぶのも問題ございません。
フェイロン:
それは良かったけど。……「ご主人様」って、ボクのこと?
アザミ:
はい。シャンおじい様のお孫様ですから。これからはフェイロン様があたくしのご主人様でございます。
フェイロン:
ちょっと……くすぐったいな。
アザミ:
お礼と言っては何ですが、シャンおじい様があたくしを作るときに唱えていた、呪文のようなものを思い出せそうなのです。
フェイロン:
呪文? ボクが覚えている限り、ラオシャンがそんなことを言っていた記憶はないけど。
アザミ:
でしたら、あたくしが作られたのは、ご主人様がこちらにいらっしゃる前だったのでございましょう。何か本を見ながら言っていたと思うので……その本を見ればわかると思いますが。
マリアンヌ:
おいおい。もしかして、アレじゃね? ネクロマンサーの一族が残したっつー、例の―
フェイロン:
あの本はもう見ないことにしたんだ。ラオシャンは、この力を使ってはいけないと言ってた。それを破って、前は大変なことになったから……。
アザミ:
何かあったのでございますか?
マリアンヌ:
ワシは東洋の呪術でこのフランス人形に宿ったんだけどよ。こいつ、それじゃ嫌だっつって、大量の人形と例の本を持って、墓場へ行ったんだ。で、魂を授ける呪文を唱えたら、ワシに負けず劣らずの悪霊たちが、人形たちに入って大暴れ。結果的に、さっきのあんちゃんたちに人形を破壊して助けてもらったってわけよ。
アザミ:
それはさぞお辛かったでしょう。
フェイロン:
元々、ボクはラオシャンの贋作しか作れないんだ。生きたドールを作って、ラオシャンを越えたいのに、越えられない。
アザミ:
お心がけはご立派でございます。ですが、シャンおじい様があたくしを作った時には、還暦を超えていらっしゃいました。きっと長年の研鑽を積んだ上で、生きるドールに至ったと存じます。
フェイロン:
じゃあ、あと五十年近くか……そんなに頑張れるかな。
アザミ:
シャンおじい様が作られた「生きたドール」は後にも先にもあたくしだけでございます。あの呪文を口にしたのも、最初で最後と仰っておりました。
マリアンヌ:
はーん。いらねえなら捨てればいいのに、先代はあの本を後生大事に取っておいたわけだしな。もしかしたら最強の呪文が載ってたりして。
フェイロン:
……。
アザミ:
さすれば、わざと伝えなかったのでございましょう。己を越えられたくなかったのかもしれませぬ。ドール職人とは孤高なものございます。己のドールを最高傑作にする。そのために必要な選択肢を排除していては、真のドール職人には至れぬのではと存じます。
マリアンヌ:
見るくらい、タダだしいいだろ。ついでに金庫の在処もわかるしな。やるな、アザミたん!
フェイロン:
……少し考えさせて。
アザミ:
もちろんでございます。
ー間。
ー十五年前。銃を手に、ネクロマンサーの粛清に走るユーエン。
ユーエン:
『ネクロマンサー、だったか。霊を操る危険要因なんだろ。すまないが、上からの命令なんだ。大人しく、死んでくれ。』
ユーエン:
あの頃、俺の引き金は軽かった。粛清対象に、情けなどいらない。彼らにも家族がいるかもしれない。そんな当然のことを思い出せば、仕事にならない。いや、考えないようにしていただけかもしれない。任務は絶対だ。例外など、存在しないのだから。
ー間。
ーひと月後。シャン・ドール店に、ヨウリンがやってくる。
フェイロン:
本当に良かったの? ボクの作ったもので。
ヨウリン:
今回はまさにそれを求めとるんやから、大正解やで。ほんで、どんな感じになったん?
フェイロン:
見ての通り、贋作は得意分野。
ヨウリン:
そうそう、これこれ。あー、いつ見てもかわええなあ、ほんまに。
アザミ:
ふふっ、ありがとうございます。
ヨウリン:
お、本物のアザミんやんか。いや~、本物もやっぱかわええわあ。格別やわあ。
アザミ:
ご主人様が丹精込めて作っていらっしゃいました。あたくしの妹をよろしくお願い致します。
ヨウリン:
任せてや。うーんとかわいがったるで。
マリアンヌ:
へへっ、こうやって見ると圧巻だな。べっぴんさんの双子。おほほ~、いいねえ。間に挟まれてえやつだ。
ヨウリン:
あんたが間に入ったら、ええ引き立て役になりそうやな。
マリアンヌ:
やだ~。褒められちゃった。
ヨウリン:
お代は二百ゼンやったな。ニイニイに請求で頼むわ。前にお人形さんキャンセルした時の迷惑料も乗せといたで。
フェイロン:
わかった。……あ、最後におまじない。
ヨウリン:
おまじない? なんや、それ。
アザミ:
こちらです、ご主人様。(開いた本を見せる)
フェイロン:
ああ。……『骨は土へ、息は風へ、魂は人へ。命は繋がり、霊は巡る。花は朽ちても、実は継(つぐ)る。半時を経て、封を解く。我が命に従い、魂魄(こんぱく)よ。この傀儡(くぐつ)に咲き出でよ。』
マリアンヌ:
……。
アザミ:
……。
フェイロン:
……。
ヨウリン:
なんなん? みんな神妙な顔しとるやん。せや、この子の名前、何にしよ。アザミんそっくりやけど、そのまんま同じにするわけにもいかへんし……。
マリアンヌ:
お、ならワシが名付け親になってやろうか? んー、じゃあ、エリザベス、いや、マリアベル―
アザミ:
『クロユリ』、などいかがでございましょう。
フェイロン:
クロユリ?
アザミ:
はい。凛々しくも愛らしい、東洋のお花でございます。この髪と同じ黒色で、とても良い香りがするのだとか。
ヨウリン:
最高やん! ほんなら、さっそく家に持って帰ろか。よし行こ、クロユリちゃん。おおきになー。
ーヨウリン、去る。
フェイロン:
どうも。……アザミ。あれで魂が宿ったようには見えなかったけど。
アザミ:
はい。ですが、結構でございます。あれは確かに本にあった、そしてシャンおじい様が口になさっていたおまじないでございます。花の種も、すぐには芽を出しませぬ。しばしの時と準備が必要なのでございます。
マリアンヌ:
べっぴんさんが一人減っちまった……。寂しいぜ。あーでも、やっぱ反応返してくれる方がなんだかんだ嬉しかったりして。ねー、アザミたん。
アザミ:
さて、仕上げでございます。ここに、あの子―クロユリの髪が数本ございます。これを使って、今からあたくしの言うところへ導いてくださいまし。さすれば、魂が宿り……あたくしと同じ、生きたドールとなるはずでございます。
フェイロン:
わかった。
マリアンヌ:
誰かワシの話、聞いて……?
ー間。
ー夜、ユーエンに電話がかかってくる。
ユーエン:
「はい、お疲れ様です。……B1(びーわん)の資料室? 何かあったんですか。……はあ。紛失? 入室データを調べれば、開錠時間がわかると思いますが。申請書はあったんですか? 俺よりも、担当に……は? 履歴に、ない……。それで? ……十五年前の押収品? 箱が落ちてたんですか。中身は? ……東洋の、人形ですか。それって、もしかして黒い髪で、キモノを着たやつだったりします? ……なるほど。心当たりがあります。すぐに行ってきます。いいから、待っていて下さい!」
ー間。
ーユーエンが慌てた様子で、シャン・ドール店のドアを叩く。
ユーエン:
フェイロン君。いるか? すぐにあの人形を渡してくれ。あれは、君の元に置いといていいような代物じゃねえんだ。……フェイロン君?!
フェイロン:
ユーエンさん? そんなに慌ててどうしたの?
ユーエン:
いたのか……よかった。すまないが、アザミとか言う、あの人形に用があるんだ。あれはどこにいる?
フェイロン:
それが……。(腕の中の動かなくなったアザミを見せる)
マリアンヌ:
うっ……ううっ。ああ、アザミたーん。死んじゃ、いやだよー。ぐすっ、ぐすっ。
ユーエン:
なんだ。これは……動かねえじゃねえか。いや、それでも構わん。すぐに渡してくれないか。
フェイロン:
なんで? 急に動かなくなった理由もまだわかってないのに、どうして連れて行くの?
ユーエン:
説明は後だ。今は一刻を争うんだよ。ちくしょう、ヨウリン君はどこだ。ヨウリン君? (電話を掛けるが、呼び出し音が続く)……ちっ、なんで出ねえんだよ!
マリアンヌ:
ぐす……ずびっ。あ? どした? 何焦ってんだよ、あんちゃん。
フェイロン:
ヨウリンさんは家に帰るって。
ユーエン:
なんで君がそんなことを?
フェイロン:
依頼で、アザミの贋作を作ってあげたんだ。
ユーエン:
ちっ……あのバカ。よりによって、こいつの贋作だと?!
マリアンヌ:
おう。あの子の名前はクロユリ。アザミたんがつけたんだよ、イカしてんだろ? ま、俺はマリアテレジアがいいんじゃねえか、って言ったんだけどよ―
ユーエン:
「クロユリ」……? 花言葉は「呪い」じゃねえか。なんで気付かねえんだ! それでも局員か?! (別のところへ電話をかける)……もしもし、俺だ。今からシェンの住所を教えてくれ。……個人情報? 構わん、上司権限だ。いいから、早く!
マリアンヌ:
あんちゃん、もしかしてあの暴力女をストーカーしようとしてる? やめてくれよ、いい年した男の勘違いは見苦しいぜー?
フェイロン:
アンタが言うな。
ユーエン:
あの人形は、十五年前、ネクロマンサーを粛清した時に、現場に落ちてた押収品なんだ。危険なんだよ。
フェイロン:
え? あれは、ラオシャンが作ったものじゃ―
ユーエン:
そうみてえだが、話は後だ。今、住所が送られてきた。地図だと……このアパートのようだな。行くぞ!
ー間。
ーユーエン、マリアンヌ、アザミを抱えたフェイロンが古いアパートの裏にいる。
マリアンヌ:
ここがあの暴力女の家かあ。ずいぶんとしけてんなあ。ボロアパートじゃねえか。オバケ出そう。……って、ワシがお化けだったか。へっへっへ、座布団一枚。
フェイロン:
静かにしろ、ゲス人形。……なんで玄関に行かないの?
ユーエン:
念には念をだ。104号室なら……そこか?
マリアンヌ:
おーいあんちゃん。窓から覗くたあ、いよいよストーカーじみてきてるぜ。
ユーエン:
しっ。何か、聞こえねえか?
アザミ:
……して。……だ、し、て!
マリアンヌ:
ぎょえー! なんかガンガン叩くような音がしねえ? なんじゃありゃ!
ユーエン:
部屋の電気はついてるな。換気扇も動いていそうだ。となると、家にいるのか? あいつの性格からして、消し忘れるとも思えねえが……。
マリアンヌ:
ぶっ。もうイケオジも台無しだなあ。ぶはは! 勘違いおじ、マジウケる。
フェイロン:
アザミの声がする……。でもここにいるアザミは動いてない……ってことは、アザミの贋作―クロユリ?
ユーエン:
嫌な予感がするな。表に周るぞ。
ー一同、玄関に行く。
フェイロン:
……ドアが、少し開いてる。
ユーエン:
ヨウリン君、いるか? 俺だ。入ってもいいか? 緊急事態なんだ。―っ!
ードアを開けると同時に、アイスピックを手にしたヨウリンが顔を出す。
ヨウリン:
ふっ! あーあ、外れてもうたやん。
ユーエン:
アイスピック……。君はいつも、来客にこんな物騒なものを向けてるのか。
ヨウリン:
なんやねん、ニイニイ。こんな夜中に女の子の部屋来るなんて、犯罪者と間違われても文句いわれへんで?
フェイロン:
……いつものヨウリンさんだ。
ユーエン:
そいつを下ろしてくれ。用件はすぐに終わる。アザミの贋作を持っているだろ。今すぐ渡してくれ。
ヨウリン:
えー、嫌やわ。あれ、ウチのお気に入りやねんで。なんで渡さなあかんねん。
ユーエン:
危険があるかもしれねえ。ネクロマンサーの事件の押収品なんだ。
ヨウリン:
せやけど、ほんまもんはその子が持っとるやん。贋作やったら関係あらへんやろ。
アザミ:
……し、て。……だ、し、て、や!
マリアンヌ:
げえ。確実に、なんか聞こえねえ? この部屋、事故物件? なあなあ、あんちゃんも。押収品がなんだか知らんけど、せっかく作ってやったのに取り上げんのもめんどくせえだろ。今日のところは、とっととずらかろうぜ。
ユーエン:
悪いがそういうわけにもいかねえ。アレに関わったら、何が起きるかわからねえんだよ。
フェイロン:
ヨウリンさん。クロユリはどこにいるの?
ヨウリン:
あの子やったら、部屋の奥に飾ったったわ。透明なケースに入れてな。ああ、そうそう。ご……あんたのおかげで、ちゃーんと魂、宿ったんやで?
フェイロン:
……魂? それで、アザミみたいな声が?
アザミ:
……た、す、け、て、や!
ユーエン:
あー、そうか。いや、まだ話があるんだがその前に……ここで一服吸わせてもらってもいいか?
ヨウリン:
? ええけど、さっさとしてや。
ユーエン:
―っ!
ヨウリン:
えー、どないしたん? そないに変な顔して。なんやおかしなことでもあったん?
ユーエン:
ヨウリン君じゃねえな。君は誰だ?
ヨウリン:
っぷ。ふふっ……あっはははは! いやー、似非なまりってむずいね。結構それっぽかったのに、何がだめだった?
マリアンヌ:
……え? ええ?! なになに、どゆこと?
ユーエン:
……ヨウリン君は嫌煙者だ。それを知らずに口調だけ真似たんだな。本物はどこだ?
ヨウリン:
さあ、どこだろ。
フェイロン:
もしかして、あのドール―クロユリの中?
ヨウリン:
おっと。行かせないよ? ごめんね、ご主人。
ユーエン:
あ、おい!
ーヨウリン、近づいてきたフェイロンを羽交い絞めにすると、首にアイスピックを突きつける。
フェイロン:
うっ! もしかして……アンタ、アザミ?
ヨウリン:
そうだよ。よくわかったね。さすがご主人。まあホントはもっと違う名前なんだけどさ。そんなのとっくの昔過ぎて、もう忘れちゃった。
フェイロン:
どうして、こんなこと―
ヨウリン:
身体が動くのっていいね。目線が高いと、こうやって、首に当てられるし。
フェイロン:
……な、んで、ボクを?
ヨウリン:
ワタシの狙いはただ一つ。……死ね。安全調査局のお前。
ユーエン:
フェイロン君から手を放せ。
ヨウリン:
あれ? 立場忘れちゃった? お前はワタシの言うことを聞くしかないの。今すぐ、銃をこっちによこしな。
ユーエン:
その前に応援を呼ぶぞ。
ヨウリン:
じゃあその前にこの子の首、刺すけどいい?
ユーエン:
……ちっ。わかった。
ーユーエン、銃を差し出す。
ヨウリン:
オーケーオーケー。あ、ご主人も動かないで。今からそいつを撃ち殺すから、ここで見ててよ。一族の仇、取るからね。
フェイロン:
アンタ、本当は誰? もしかして、ボクと同じ……ネクロマンサー?
ー間。
ーマリアンヌが、人形のケースが置かれた机によじ登っている。
マリアンヌ:
ぜえ、ぜえ、はあ、はあ。ひー、ここまで登るのも一苦労よ。もっと日頃から運動しとくんだったな。おい、大丈夫か暴力女!
アザミ:
なんであんただけ来たんや。せめてロンロンが来てくれたら、ここ開けてもらえたのに!
マリアンヌ:
おーい。これどうやって開けるんだ? この留め具外すの、ワシの手だと結構厳しいぞ?
アザミ:
ほんまに有能やな! 鍵があるはずやで。引き出しにしまっとったんが見えたわ。
マリアンヌ:
ああ? カキがなんだってえ? 聞こえねえぞ。
アザミ:
カ・ギ・! 引き出しや。はよして!
マリアンヌ:
よっこらせっと。(引き出しに入る)ぐえ、引き出し狭すぎ。きちいぜ、これ。
アザミ:
……何も出来へんのがもどかしいわあ。
マリアンヌ:
おし、あった。コレだな? どっこらしょっと。なあ、この鍵どこへ回すんだ? そっち? それともこっち? 差さんねえぞ?
アザミ:
そこを何とかするんがあんたの仕事やろ。
マリアンヌ:
んなもん引き受けた覚えなーい。あ、待てよ。別にこのままでもいっか。アレの中身がアザミんなら、暴力女もワシを殴ってこなくなるしなあ。へっへっへ。
アザミ:
なあ後生やから。一生のお願いやから、こっから出してや。なんでもする。お金も払うから。な?
マリアンヌ:
ぐふっ! クロユリたんの顔でそんなお願いされたら揺らいでしまうぜ……。
アザミ:
……こっから出た後が楽しみやわあ。腕が鳴るなあ。
ー間。
ー玄関で、ヨウリンがユーエンに銃口を向けている。
ヨウリン:
なーんだ、何にも知らないんだ。生まれたてのご主人をじいさんに預けてあげたのに。ワタシ、命の恩人。感謝してよ?
ユーエン:
だまされるな、フェイロン君。そいつは、ヨウリン君の身体を乗っ取って、何かよからぬことをするつもりだ。早く、君の力で元に戻してくれないか。お願いだ。
ヨウリン:
何寝ぼけたこと言ってんの? ワタシを殺そうとした張本人のくせに。
ユーエン:
まさか……あの時のネクロマンサーなのか? いや……確かに死んだはずだ。なのに、どうして―
ヨウリン:
覚えてないんだ。まあそうだよね。お前らにとっちゃ、虫けらを消しただけだもんね。でも残念でした、ワタシは死んでませーん。肉体が死ぬ前に、魂だけ抜け出したってわけ。ねえご主人。こいつはワタシたちの敵なんだよ。一族を皆殺しにしたのは、安全調査局のこいつ。
フェイロン:
ユーエンさん。本当なの?
ユーエン:
……そうだ。アレには俺も関わっていた。今まで黙っていて悪かった。
ヨウリン:
聞いた? 聞こえたよね? そう。こいつが、やったんだよ。ご主人の血縁関係、ぜーんぶ。父さんも、母さんも。ひどいよね。最低だよね。
フェイロン:
……。
ユーエン:
全部が全部俺じゃねえ。だが、命令だったんだ。……逆らえなかった。
ヨウリン:
はー、これだから公僕はよ。自分の頭で考えることもしない。さあ、どうする? この子の命が惜しかったら、お前が死ねよ。公僕って、そういうもんでしょ?
ー間。
ー窓際
マリアンヌ:
よし、届いたぜ。これをこう回して……ガチャンっとな。
アザミ:
あー、やっと出られたわ。おおきに。
マリアンヌ:
そんで、何してくれんの?
アザミ:
は?
マリアンヌ:
え?
アザミ:
……ん?
マリアンヌ:
ええ?!
アザミ:
今はそんなんより、ウチの身体取り返す方が先やろ。あんたってほんまに賢いなあ! ハルバード大学行けるんちゃう?
マリアンヌ:
もしかしてワシ、遠回しにディスられてる?
アザミ:
今頃気づいたん? とにかく元に戻す呪文をロンロンに唱えてもろたら―
マリアンヌ:
やっべ。あの本、置いてきちった。
アザミ:
……あの本の角はさぞかし尖っとったろうに。残念やなあ。
マリアンヌ:
しかも見ろよ、あそこ。なんか殺し合いが始まりそうだぜ?
アザミ:
なんでそないなことに?! あー、あかん。考えな。この体で出来ること。
マリアンヌ:
あの暴力女……の身体借りてるアザミたん、あんちゃんを殺すって言ってたな。そんで……えーっと、どうすんだ?
アザミ:
ウチの身体でニイニイ殺しても、すぐ足が着くやろ。なんのために……。せや! そゆことか。
マリアンヌ:
お? 何か気づいたか?
アザミ:
あの本のページ、きっと、どっかに大事にしまっとるはずや。はよ探して!
ー間
ー玄関
ユーエン:
わかった。それで君の気が済むのなら、好きなだけ撃つといい。
フェイロン:
ユーエンさん! だめだ。そんなことしたら―
ヨウリン:
なんで? 因果応報って言葉、知ってる? この男はまさにそれなの。
フェイロン:
……殺して、どうするの?
ヨウリン:
気分すっきり。ついでに、ご主人に魂を元に戻してもらって、この身体の持ち主がお縄につく。以上。
フェイロン:
そんな……。
ユーエン:
いいんだ、フェイロン君。業の深い仕事をしてきた。……ならば、受け止めるのも俺の責任だ。
ヨウリン:
なら、とっとと死ね―うっ! な! お前、いつの間に―
ークロユリ(ヨウリン)が、ヨウリン(アザミ)に飛びつき、銃を掴んでいる。
アザミ:
全部聞かせてもろたで。ウチの身体を好き勝手使った報い、その身に受けてもらうわ!ニイニイ、今のうちに、ウチの身体をはよ取り押さえて!
ヨウリン:
邪魔するな、この! は、や、く、離れろ!(手を振り回す)
アザミ:
うっ! 絶対に、離れへん! ちょ、マリリン、はよして!
ユーエン:
君の身体にすまないが……確保させてもらうぞ!
ヨウリン:
ぐっ……は、な、せ!
マリアンヌ:
おい、見つけたぜ。これ、あの本の一部だ! 早く唱えろ、お前さん!
ーマリアンヌの投げた紙を、フェイロンが受け取る。
フェイロン:
わかった! ……『土は骨へ、風は息へ、人は魂へ。我は導く。命の繋がり、霊の巡り。種は落ち、縁(えにし)は解(ほど)ける。我が命に従い、二つの魂魄(こんぱく)よ、この傀儡(くぐつ)よりあるべき所へ還れ。』
ーヨウリンとアザミ、元に戻る。魂の抜けたクロユリは、床に転がる。
ヨウリン:
……はあ、はあ。ちょ、ニイニイ! 何触っとるん? お巡りさん呼ぶで!
ユーエン:
君に言われたからなんだが……。
マリアンヌ:
ぷ……ぎゃはははは! セクハラじゃねえか、理不尽理不尽!
フェイロン:
アザミ。……アザミ! よかった、元に戻った。
アザミ:
……あーあ。まーた、失敗かあ。今度はうまくやれたと思ったのに。……仇取れたよ、って報告できそうだったのに。
フェイロン:
ボクは当時のことはわからないけど……霊を操るネクロマンサーなら、例えば誰かの身体から魂を出したり、逆に違う人のものを入れたりできてしまう。だから、危険だからって粛清されたの?
ユーエン:
……そういうことだ。死霊だけ操ると思いきや、生きた魂も思い通りとなっちゃ、スケールがちげえ。散々利用してきたお偉いさんたちも、自分がいつ魂を抜かれるか、気が気じゃなくなったんだろうよ。
アザミ:
うっ……ぐすっ。ふ……ううっ。せっかく外に出られたのに。みんな、いいように利用して。恐れて消そうとして。……なら、この恨みはどうやって晴らせばいいの? ワタシは何のために生きていけばいいの? 誰に復讐すればいいの?
フェイロン:
アザミ……。
アザミ:
魂さえ生きていれば、渡り歩いて、いつか人間に戻れると思ってた。だから思い切って人形に移ったのに。……もう暗いところに閉じ込められたくないよ。一人は、嫌だよ……。
マリアンヌ:
うほお……泣き顔も超絶可愛いなあ。
ヨウリン:
なんや、急にしおらしくなってもうて。ウチはこの恨み、一生忘れへんで。
ユーエン:
そうだな。今回はさすがに無罪放免ってわけにはいかねえ。フェイロン君。アザミをこちらに渡してくれ。重要参考物なんだ。
フェイロン:
もしかして、また箱の中に閉じ込めるの?
ヨウリン:
ウチのことも閉じ込めたんやから、当然の報いやろ。
フェイロン:
そう、かもしれないけれど……。十五年も閉じ込められていたなら、かわいそうだなって。
ユーエン:
決まりなんだ、悪いな。こいつの力を見ただろう。君は利用されたんだ。情けはかけるもんじゃねえ。
フェイロン:
……そうか。そうだね。わかった。
ユーエン:
そこに落ちてる贋作の方も、念のため持っていくから拾ってくれ。
アザミ:
『……我が命に従い、魂魄(こんぱく)よ、この傀儡(くぐつ)に咲き出でよ。』
ーアザミから魂が抜ける。代わりにクロユリが動き、外へ逃げ出す。
フェイロン:
うわっ! な、なんでクロユリが動いて―
アザミ:
あー、なんだ。自分で出来るじゃん。生霊本人がネクロマンサーだからかな。もっと早くにやっときゃよかった。
ユーエン:
贋作の方に移ったのか。待て! すばしっこい奴め。
アザミ:
あはは、ここまで来れるかな? 目を離したのが運の尽きだったね。
フェイロン:
待って、アザミ! 反省して、心を入れ替えたら、またボクたちと暮らせるかもしれない。だから、今は一緒に―
アザミ:
何甘いこと言ってんの? 反省って、まるでワタシが悪いみたいじゃん。当然のことをしただけなのにさ。じゃあね、ご主人。この体を作ってくれてありがと。お人よしだよねえ。……あはははは! そんじゃ、まったねー!
ユーエン:
ちくしょう。待て! おい、ヨウリン君。応援を呼べ。あいつを探すんだ!
ー間。
フェイロン:
納得したよ。ラオシャンがあれほどネクロマンサーのことを隠したがってた理由。アザミがボクを託したのも……いつか利用するためだったのかな。
マリアンヌ:
あほんだら。べっぴんさんには騙されてやるのが男の甲斐性ってもんだろ。
フェイロン:
あの子も本当の意味では「生きたドール」じゃなかった。
マリアンヌ:
おいおい。お前さんにはワシがいるじゃねえの。
フェイロン:
アンタはただの悪霊。
マリアンヌ:
むきー! ワシこそが真の「生きたドール」なのに。もういいぜ! アザミたんにまた会ったら、身体乗っ取りの術をかけてもらうかんなー。はん、むかつくぜ!
ー間。
ー翌日。仕事場に戻ったユーエンとヨウリン。
ヨウリン:
で、結局取り逃がしたんやって? 安調局も認めんとちゃう? お人形さんの偽物がすたこら逃げてった、なんて。
ユーエン:
局長からもこってり絞られたよ。贋作を勝手に作ったのはもちろん、たかが五十センチの物体を紛失したのか、ってな。くそ!
ヨウリン:
あくまで上はお人形さんが動くのは認めんのやな。ニイニイ、もう隠し立てせんとさっさと話してや。ウチは今回ニイニイのせいで、大迷惑を被ったんやで。
ユーエン:
贋作を作らせたのは君の落ち度だぞ? それを紛失した俺は減給処分だがな。ったく、なんで俺が……。
ヨウリン:
部下の監督不行き届きなんやから、しゃあないやろ。
ユーエン:
なんで他人事なんだ。……まあ、あの事件は後味の悪いもんでな。若手の君には少々刺激がきついんだ。
ヨウリン:
いつまでひよっこ扱いしよるつもりなん? ほんなら、好きなだけしょい込んで、いつかあの子に殺されたらええんとちゃう?
ユーエン:
相変わらず君は手厳しいな……。
ヨウリン:
可愛い部下の心配を無碍(むげ)にするからやで。なあ、ニイニイ。身体が別の人のもんに代わったら、それは元とは違う人なんかな。
ユーエン:
そりゃ、ちげえだろ。
ヨウリン:
じゃあ、その人はどっちなんやろ。新しい中身? それとも元の外身?
ユーエン:
そいつは、難しい問題だな……。そうだな、一服したら思いつくかもしれねえ。
ヨウリン:
あっそ。そんじゃ、ウチからあと百歩くらい離れてや。
ユーエン:
……なんか増えてねえか?
ーFin