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血塗られた酒楽詩(ハムリヤート)

【あらすじ】


西の大国・アレス王国と長年敵対してきた東の蛮国、アル・シャンマール。彼らは、若き王・ザイドの主導により、アレス王国の捨て駒同然である第十三王女・シエナを捕らえる。初めこそ、蛮族に嫌悪感を丸出しにしたシエナだったが、少しずつ自国の歪んだ思想に気付き、ひそかにザイドへ心を開くようになる。そんなザイドは彼女の想いには気づかぬまま、シエナを王妃に迎えることを決意する。一方、シエナの奪還を悲願する護衛騎士リュシアンは、盟友とも言えるセシルの助言もあり、今までの在り方や騎士道を捨てて敵陣へ乗り込もうとしていた……。

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30~35分程度。
・性転換→×
※但し、演者の性別は問いません。
・一人称、口調、語尾等変更→×
・人数変更→〇
※演じ分けできるなら一人何役でも構いません。
・アドリブ→キャラクターのイメージを大きく損なわない程度であれば〇

​・続き物ではありますが、単体で上演して頂いても構いません。

​※『捨て駒姫の悲詩(リサー)』を一読しているとよりわかりやすいかと思います。

 

⚔登場人物⚔

シエナ:

(シエナ・ヴェルレーヌ)(女性)

アレス王国第十三王女。不吉な数字と亡き母の身分が低いせいで、王宮の片隅でひっそりと生きてきた。自らの境遇を諦め、自国をどこか冷めた目で見ている。他人には決して心を開かないが、リュシアンのことだけは信頼している。

ザイドのことを蛮族だと馬鹿にしていたが、今は彼の優しさに心惹かれている。

​※ミレイユ…シエナに仕えていた侍女。セシルのことを慕っている。

リュシアン:
(リュシアン・ブラッドリー)(男性)
シエナの護衛騎士。騎士としての誇りを持ち、シエナを命にかけて守ることを信条とする。融通が効かない堅物で、正々堂々としていない戦いや、曲がったことを何よりも嫌う。

シエナと共に王都へ向かう途中で、敵国の襲撃に遭い、孤軍奮闘するものの敗れてしまった。シエナ奪還に奔走するうちに、セシルの助言に従い、これまでのあり方を捨てることを決意する。


ザイド:

(ザイド・アル=サレハ)(男性)
アレス王国が長らく敵対してきた蛮国、アル・シャンマールの次期王。思慮深く冷静。国を守るためにあえて冷酷に振る舞い、辛辣な物言いをする。目的の為に手段は選ばないものの、たとえ敵であろうと血を流すのは嫌うため、どこか甘さを捨てきれていない。

シエナの想いに薄々勘づいているが、彼女のために一線を引こうとしている。
※カラム…ザイドの部下の密偵。
※ゼフラ:アル・シャンマールの毒を嗜む医師。

アイシャ:
(アイシャ・ヴァルキーズ)(女性)
アル・シャンマールの女戦士で、ザイドの右腕でもある。かつての戦争で妹をアレスの騎士に殺されて以来、絶対的な復讐を誓った。人情味に溢れた姉御肌のしっかり者で、皆のまとめ役でもある。仲間からの信頼も厚く、人望があるため慕う者も多い。​

シエナを亡くなった妹の代わりに守ろうと心に決め、煮え切らない態度のザイドにやきもきしている。
 

セシル:
(セシル・オルコット)(男性)
シエナの教育係。勉強熱心で博識。人当たりがよく、口調はいつも朗らか。反面、時々引っかかるような物言いをして、どこか掴めないところがある。王家に次いで力を持つ貴族の子息らしい。

王都へ向かう途中の馬車でシエナとはぐれてしまって以来、消息不明だったが、実は敵国の密偵にシエナの情報を流していた。リュシアンを焚き付けて新しい武器を渡し、アレス王国およびアル・シャンマールへの復讐を目論む。

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背景:AIPICT(https://aipict.com/)様

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ー中央神殿に向かうリュシアン。彼の先には点々と血がにじんでいる。

リュシアン:
「新しい武器。この音を聞きつけてかなりの数が動くだろうな。その隙に、何としてでも……。もはや、今までの俺ではない。それもこれも、セシルのおかげだ。もう迷いはない。どんな手を使ってでも……たとえ己が蛮族に成り下がろうと、俺は目的を果たす。これで、最後だ。ザイド・アル=サレハ……!」

ーその少し後を追うセシル。


セシル:
「シャンマールは蛮族ですから、どいつもこいつも殺して問題ないでしょう。全ての元凶は奴ら。憎むべきなのはあいつらです。あいつらのせいで……僕の家族は殺されたのですから。最後に笑うのは、この僕です。ねえ……殿下?」


ー間
ー中央神殿の控え室で、赤の花嫁衣裳を纏い、ザイドを待つシエナ。


シエナ:
「『汝は病める時も健やかなるときも、いかなる時にも永遠の愛を誓いますか』ね。先が見えているのに永遠の愛? 笑っちゃうわね。そういえば―」

ーかつて、アレス王国で忠誠を誓った騎士を思い出す。


リュシアン:
「『この命尽きるまで、あるじにお仕えし、あるじをお守りすることを、剣に誓います。』」

シエナ:
「あの時の騎士の誓いはまだ解かれていない。彼は既に二度も、私を助けてくれようとしていた。でも、今来られたら素直に嬉しいと思うかしら。……きっと、私は。」

ーアイシャがやって来る


アイシャ:

「おひいさん。……驚いた。綺麗だねえ。そのドレス、よく似合ってるじゃないか。」

シエナ:

「それは、どうも。褒めても何も出ないわよ。」

アイシャ:
「ふっ、何も無くてもいいさ。それにしても、色は本当に赤でよかったのかい? あんたの国みたいに白にしてもいいけど……。こっちに西のドレスを作れるような職人がいなくて、悪かったね。」

シエナ:
「いえ、別に構わないわ。今更白だなんて、気が進まないもの。それに、この国にとっては赤が普通なんでしょう?」

アイシャ:
「ああ、そうだ。……その顔。ついに腹を決めたんだね。あんた、ちょっと見ない間にいい顔するようになったね。ここに来たばかりの時とは大違いじゃないか。」

シエナ:
「そうかしら。」

アイシャ:
「ああ。出された水も飲まずに文句ばかり。世間知らずでわがままなおひい様かと思いきや、随分とたくましくなったもんだ。」

シエナ:
「……そうならざるを得なくなったのよ。この状況とあなた達のせいでね。」

アイシャ:
「それもそうだったね。でもあたしは今のあんたの方が好きだよ。ああ、それと……ザイドのこと、頼んだよ。」

シエナ:
「なんで、そこであの人が出てくるのよ。」

アイシャ:
「あいつはこの国を守ることに責任を感じてる。その為に私情を殺してばかりで、まあわかりづらいだろうけど……あんたには、真剣だ。それだけは、確かだよ。」

シエナ:
「……そんなことないわ。あの人の本心が見えないのはそうだけど……私のことなんて何とも思っていないでしょう。ただの都合のいい駒ってだけよ。この結婚はお互いの利益のためなんだもの。」

アイシャ:
「そんなことは……はあ。おひいさんには苦労かけるね。あいつのことはさておき、おひいさんの気持ちはどうなんだい。ザイドのこと、嫌いじゃないんだろ?」

シエナ:
「別に、私は……。」

アイシャ:
「あんたたちに何もしがらみがなかったら良かったのにね。そうしたら、手放しで喜べたんだろうけど……。っと。そろそろ花婿のご到着のようだね。お邪魔虫は外で待っていることにするよ。」

―アイシャと入れ替わりにザイドが入ってくる


ザイド:
「姫君。緊張しているのか? あまり顔色が良くないようだが。」

シエナ:
「気の所為よ。余計なお世話だわ。」

ザイド:
「ならいいが……各国からの要人も来ている。花嫁に倒れられては格好がつかないからな。俺に支えられたくなければ、自分の足で立っていろ。」

シエナ:
「言われなくてもわかっているわよ。ご忠告どうも。」

ザイド:

「花嫁衣装もよく似合っている。」

シエナ:

「思ってもないことを言わないでちょうだい。……このドレス、血に濡れたみたいに赤いのね。なんだか不吉だわ。」

ザイド:
「アル・シャンマールでは赤は純潔、命を表す神聖な色だ。もうアレスの「白色」が恋しいのか?」

シエナ:
「いえ、結構よ。とっくに覚悟は決めているもの。……私は、アル・シャンマールの―あなたの妃になる。それで、お父様の目を覚まさなくちゃ。」

ザイド:
「姫君の覚悟に、感謝する。列席者が揃うまでに少々時間がかかる。今のうちに、休んでおくといい。」

シエナ:
「こんな衣装で休めるわけないでしょう。」

ザイド:
「それもそうだったな。なら、せいぜい緊張を高めておくことだ。ではな。」

―ザイドが部屋を出る。


アイシャ:
「またもめてたのかい。あんたたちときたら、顔を突き合わせれば憎まれ口ばっかりじゃないか。先が思いやられるよ。」

ザイド:
「先、だと? そんなものは元よりない。それなのに姫君に甘い言葉を掛けて、優しくしろとでも言うのか。その方がよほど残酷だろう。」

アイシャ:
「あんたの考えていそうなことはわかるよ。頃合いを見て、あの子と別れるつもりなんだろ?」

ザイド:
「そうだが、何か問題でも? 彼女は自由になりたがっている。両者ともに何も不都合はないと思うが。」

アイシャ:
「そうかね? あんたがやっているのはどうしようもなく残酷なことだよ。おひいさんの気持ちを考えてみたことがあるのかい? あれは、あんたに惚れてるんだよ。」

ザイド:
「……まさか。万が一そんなことがあれば、異国の地で頼れる者がいないからだろうな。この国から離れて冷静になれば、じきに勘違いであったことがわかるだろう。」

アイシャ:
「……なんでこんなにひねくれちまってるんだか。まあ今はそれでもいいさ。とにかく、おひいさんのことはあたしに任せな。くれぐれも、あの子を悲しませるんじゃないよ。」

ザイド:
「随分とあの姫君に入れ込んでいるようだな。」

アイシャ:
「……さあね。妹が生きていたらあれくらいだから、何かと世話を焼きたくなるのさ。」

ザイド:
「そうか。ならちょうど良かったな。姫君のこと、頼んだぞ。」

アイシャ:

「言われなくたって。……それにしても、何やら外が騒がしいようだね。伝令も来ていないけど、どうしたんだろうね?」

ー間
ー神殿の外で、隠れて様子をうかがう二人。見張りは、血だらけでやってくる仲間を見て、ざわついている。


リュシアン:

「見張りが動揺している。今が攻め込み時だな。」

セシル:
「あの怪我をした密偵が、勝手に気を引いてくれてますね~。ええ、まとめてふっ飛ばしちゃってください。」

リュシアン:
「お安い御用だ。新しい切り札……腕が鳴るな。」

セシル:
「くれぐれも水濡れには気をつけてくださいね~。さあ、蛮族の皆さん。宴の始まりですよ~。そんな曲がった剣で何人来られても、無駄ですけどね~!」

ー間
ー密偵が血を滴らせながら現れる。そのままふらふらとザイドの元へやって来る。


ザイド:

「……っ! カラムじゃないか。どうした?!」

アイシャ:

「あんた、酷い傷じゃないか。近くへ行ってたんじゃなかったのかい?!」

ザイド:

「おい、しっかりしろ。何があった? 早く手当てを。ゼフラはどこだ。早く呼んで来い!」

アイシャ:

「しっかりするんだ。畜生、誰がこんなことを!」

シエナ:

「騒がしいわね。どうしたのかしら。(介抱されている密偵を見る)……っ! あの人、ひどい怪我だわ。もしかしてリュシアンが……? いえ、そんなはずないわ。こんなところまで来られるわけがないもの。」

アイシャ:

「カラムの傷、剣によるものではなさそうだね。……例えるなら、砲撃を直に受けたような。あの慎重なカラムが、かい? それになんだい、この音。さっきから聞こえてくるけど、何かが爆発しているみたいな……。」

ザイド:

「なぜ誰も来ない。いや、来られないのか。……姫君は。」

シエナ:

「ここよ。……なんだか、神殿の入口が煙たいわね。」

アイシャ:

「うちの奴らは足止めすら出来てないってことかい。ったく、どんな手強い敵なんだよ。」

ザイド:

「っ! 誰か来たようだ。お前たちは下がっていてくれ。」

ー神殿の入口にリュシアンが現れる。


リュシアン:

「こちらにいらっしゃったのですね。」

シエナ:

「―っ?! リュシアン!」

アイシャ:

「あれは……おひいさんの騎士! なんで、あいつがここに。」

リュシアン:

「さあ、早くこちらへ。あまり時間がないのです。」

ザイド:

「見張りは……全滅か。それより、奴が手にしている武器は何だ? いつもの剣はどこにやったんだ。」

シエナ:

「ひっ! どうして。なんで、そんなに血塗(まみ)れなの……?」

リュシアン:

「姫様。帰りましょう、俺たちの国へ。邪魔な蛮族どもは大方片付けましたから。」

シエナ:

「……何を、しているの。……こんなの、あんまりだわ。」

リュシアン:

「なぜ、そんなに驚いていらっしゃるのですか? 俺の中での正義は……姫様。あなたを命にかえてもお守りすることです。それが俺の生きる意味で、ここにいる理由です。申し上げたではありませんか。必ず助けに行く、と。」

シエナ:

「(驚き、恐れる)……っ!」

リュシアン:

「(自分の返り血に気づいて)ああ、申し訳ありません。血が…恐ろしいですか?」

シエナ:

「それ、返り血なの……? 何を使ったの。みんな、背中を向けて倒れてるじゃない 」

リュシアン:

「オルコット卿―セシルのおかげなんです。彼のくれた武器のおかげで、ここまで容易く来ることができました。」

シエナ:

「背中から、それを使って? ……卑怯だわ。あなたに騎士としての誇りは無いの?」

リュシアン:

「誇り……ですか。ですがそれでは、また同じ轍を踏むだけです。」

シエナ:

「なんで、そこまでして。彼らも生きているのよ! 私たちと同じ人間なのよ?! ……あなたがやっているのはただの人殺しだわ。」

リュシアン:

「(愕然とする)どうして……ですか。俺は、ただ……あなたをお救いするために。なにゆえ、蛮族に同情なさるのですか? 奴らは、俺たちの敵なのですよ。」

シエナ:

「……なんで、そこまでして私を。」

リュシアン:

「姫様、俺が恐ろしいですか?  ……いえ。俺のことはどう思われようと構いません。俺はそれでも、あなたをお守りするだけですから。さあ、早くその者たちから離れてください。」

アイシャ:

「何をするつもりだい。まさかその武器で……あたしたちもやるつもりかい?」

ザイド:

「リュシアンとやら。以前とはまるで様子が違うな。どうやら、正気を失っているようだ。」

リュシアン:

「俺は至って正気です。姫様をお守りするためなら、騎士であることを捨てても惜しくなどありません。」

シエナ:

「いいえ、だめよ。あなたは私の護衛騎士でしょう。お願い、聞いてリュシアン。騎士の誓いを、思い出して。やめて。……これ以上は、誰も殺さないで。」

リュシアン:

「俺は騎士であることなどとうに捨て去りました。あなたの護衛騎士であること以外は、騎士であることにこだわりなどありません。」

ーシエナが前に出ようとする


アイシャ:

「おひいさん、だめだ。こいつは危険だよ。飛び出していったら、何をされるかわからないだろう!」

シエナ:

「大丈夫よ、アイシャ。リュシアン。……あなたがそのつもりなら。今ここで、護衛騎士の任を、解きます。」

リュシアン:

「……っ?」

シエナ:

「あなたは私の大切な人たちを傷つけようとしている。今のあなたは……私の騎士にふさわしくなどないわ。」

リュシアン:

「姫、様……?」

シエナ:

「だから、最後の命令よ。武器を捨てなさい。そして、この場から去りなさい。二度とこの地に足を踏み入れないで。私のことは放っておいて。お願いだから……。」

リュシアン:

「……たとえご命令でも、それだけは聞けません。俺は俺なりのやり方で、あなたをお守りいたします。姫様、どうか早くこちらへおいでください。危険な武器です。あなたを傷つけては、本末転倒ですから。」

シエナ:

「……いいえ。あなたの方こそここを去りなさい。これは、命令よ。」

リュシアン:

「……命令、ですか。姫様は、変わりましたね。その者たちが、あなたを変えたのですか?」

シエナ:

「いいえ、変わったのはあなたの方よ。あなたは無用な殺しはしないと思っていたのに……。」

リュシアン:

「あなたを救うためなら、何も恐ろしくなどありません。」

シエナ:

「悪魔に魂でも売ったの? どうかしてるわ。どうして、そこまでして……。もういいのよ。必要ないの。私はここにいたいのよ。なんでわかってくれないのよ……。あるじの言葉を聞きなさいよ!」

リュシアン:

「それは本当に姫様のご意志なのですか? 俺には、その男にたぶらかされているようにしか思えませんが。」

シエナ:

「そんなわけないでしょう!」

リュシアン:

「姫様は世間知らずですから。ずっとずっと心配だったのです。まさか、恐れていた事態が起きてしまうとは―」

シエナ:

「私の言うことが聞けないの? 私はあなたのあるじなのよ。」

リュシアン:

「……あなたに、もう俺の言葉は届かないんですね 」

シエナ:

「っ、それは……私の台詞よ。」

ーザイドとアイシャがシエナの前に進み出る


アイシャ:

「おひいさん、もういい。こいつにはもう話は通じない。説得は無理だよ。いいから、ここはあたしたちに任せて下がってな。」

シエナ:

「でも、そうしたらあなたたちが! あの武器は一瞬で命を奪うのよ。危険すぎるわ。私が説得すれば―」

ザイド:

「いや、不要だ。それに、これだけ仲間をやられておいて、おいそれと帰すわけにはいかない。俺にも矜持があるんだ。わかってくれないか。ここは姫君の出る幕ではない。」

リュシアン:

「お前は……ザイド・アル=サレハ! よくも、姫様をたぶらかしたな!」

ザイド:

「人聞きが悪い。俺は何もしていないが? 主君の考えを尊重しないとは、臣下が聞いてあきれるな。」

リュシアン:

「黙れ。お前は必ず殺す。そして、姫様は初めて自由になるのだ。」

ザイド:

「(はっとする)……自由、だと?」

リュシアン:

「ああ。陛下は俺に約束してくださった。次期王、つまりお前の首を差し出せば、姫様を俺にお与えになるとな。俺はそれで、彼女を自由にするつもりだ。だが、お前がしているのは何だ? 攫って、無理に嫁がせるなど姫様の望みとは程遠い。そんな奴に姫様が心を開くなど……ありえない。」

ザイド:

「……。確かに、その通りかもしれないな。だが、俺には民がいる。そうやすやすと首を差し出すつもりはない。それに、俺は俺で、彼女に自由を与えるつもりだ。」

リュシアン:

「ふざけるな。姫様と結婚することが自由だと? 蛮族は揃いも揃って頭がおかしいのだな。」

アイシャ:

「あいつ、元よりかたくななところはあったけれど……今は、自分の正義に狂ってる。あの騎士団長に、忌々しいほどそっくりだね。」

ザイド:

「アイシャ。俺が時間を稼ぐ。その間に姫君を連れて逃げてくれ。早く!」

ーセシルが神殿に入ってくる


セシル:

「じれったいですね。何をやっているんですか~?」

シエナ:

「オルコット卿?!」

ザイド:

「また、アレス人……姫君の知り合いか?」

セシル:

「遅いですよ~、リュシアン。僕の方はもう終わっちゃったじゃないですか~。」

リュシアン:

「姫様が蛮族に騙されてご乱心だ。説得に時間がかかりそうだ。」

アイシャ:

「あいつもあの武器を持ってるようだね……危険だ。早く逃げよう、おひいさん。」

セシル:

「おっと、それは困りますね~。余計なことをしないでくださいよ。殿下は逃がしませんよ?」

ーアイシャがシエナの腕を引こうとした瞬間、セシルがアイシャを撃つ。


シエナ:

「いやーっ!!」

アイシャ:

「ぐっ……がはっ!」

ザイド:

「アイシャ! しっかりしろ!」

セシル:

「おっと、外しちゃいましたか。的が遠いと難しいですね。」

シエナ:

「どうして……。彼女は関係ないでしょう!」

セシル:

「殿下に近づく蛮族は排除しなくちゃいけないでしょう? これ、いい武器ですよね。僕みたいに非力でも、簡単にやれちゃうんですから 。

リュシアン:

「どういうつもりだ、セシル。あれでは姫様にあたってしまうだろう。」

セシル:

「ああ、ごめんなさい。殿下を蛮族に近づけたくない一心で。今のは、そう……警告ですよ。次は外しません。」

アイシャ:

「……っ。……なるほど、ね。それで、カラムもやった……のかい。」

ザイド:

「利き腕をやられてはまともに戦えないだろう。お前は早く下がれ。」

アイシャ:

「あんたと……おひいさんに、危険が迫ってるんだ。……そんなわけには、……いかないだろ!」

ザイド:

「仲間をこれ以上失うわけにはいかないんだ。わかってくれ、アイシャ!」

アイシャ:

「はっ……これぐらいどうってこと、ないさ。この国に仕えるって決めた時から……死ぬ覚悟くらいできてるんだ。舐めないでおくれよ。……あたしは、もう誰かが目の前で死ぬのは……見たくないだけさ。」

シエナ:

「だめよ……それであなたが死んだら元も子もないじゃない!」

アイシャ:

「……いいんだ。それでこそ、死んだ妹に顔向けできるってもんさ。さあ、おひいさん。あんただけでもすぐに逃げてくれ。それくらいの時間なら、あたしにだって……。けど、こうもあっという間にやられるんじゃ……どうすりゃいいんだか。」

セシル:

「この武器はますますアレスに広がるでしょうね。そうすれば、シャンマールを討つことなど容易いはずです。うちの家は儲かり、ついでに蛮族も滅ぼせる。一石二鳥じゃないですか。」

ザイド:

「お前たちの目的は、姫君だったか。」

リュシアン:

「そうだ。さあ、早く姫様をこちらへ。」

セシル:

「そうですよ。殿下、早く蛮族から離れて下さい。」

シエナ:

「……本当に、それだけなの? ねえ、リュシアン。あなた、さっきも言っていたけど……目的は彼なんでしょう? そうなんでしょう?」

リュシアン:

「……はい。姫様、申し訳ありません。その男を―次期アル・シャンマール王を殺すよう、陛下から命を受けております。」

アイシャ:

「ザイドを……? それは、聞き捨てならないね。……いかにも、あの老いぼれが考えそうなことだよ。」

シエナ:

「そんな……。それは確かなの?」

セシル:

「僕も一緒に謁見しましたから間違いありませんよ~。彼はあなたを自由にするために、その男を殺すつもりです。」

シエナ:

「……そんなの、許せないわ。」

アイシャ:

「待ちな。おひいさん、どこ行くんだい!」

ーシエナ、アイシャたちを振り切って前に進み出る。


ザイド:

「姫君、待ってくれ。」

シエナ:

「聞いて、リュシアン。それに、オルコット卿。この人たちは……この人は、アル・シャンマールの国にとっても、私にとっても大切な人なの。だから、どうか手を出さないで。」

ザイド:

「……姫君。何か勘違いしているようだが……俺はあなたのことを愛するつもりなどない。だからその気持ちには応えられない。」

シエナ:

「……え?」

ザイド:

「あなたはわが国の利益になるから、利用しただけだ。だが、今は自分の命が惜しい。それゆえ、アレス王国に狙われた今、再び取引に利用させてもらおう。」

シエナ:

「……何よ、それ。なんなのよ、それ!」

ザイド:

「彼女はそちらへ返そう。騎士リュシアン。騎士であることすら捨てたお前の覚悟はしかと受け取った。姫君を連れて速やかにこの場を立ち去るがいい。俺の首はまた改めて取りに来い。」

リュシアン:

「……口では何とでも言える。所詮、自分の命の方が惜しかったようだな。」

セシル:

「蛮族の王。殿下をおひとりでこちらまで来させてください。」

アイシャ:

「ザイド、あんた……何を言ってるんだい。おひいさんを守るんじゃなかったのかい? そんなの、あんまりじゃないか。この子の気持ちを考えてみたことがあるのかい?」

ザイド:

「……。」

アイシャ:

「……そうかい。見損なったよ。」

シエナ:

「そう。やっぱり、私はあなたにとってただの捨て駒だったのね。あなたもお父様と同じだわ。人でなしで……冷血で。ならどうして私に優しくしたの。なんで? 目を合わせて。ねえ、答えてよ、ザイド……!」

ザイド:

「自惚れるな。俺が敵国の王女に惹かれるわけが無いだろう。さあ、行け。」

ーザイドに背中を押され、シエナはよろけるようにリュシアンの元へ歩き出す。


シエナ:

「……っ! 何よ。……ようやく私に価値がないことに気付いたのね。それくらい……わかって、いたわよ。」

ーシエナだけに聞こえるように、背後から声をかける。


ザイド:

「悔しいが、このままではあなたを守ることが出来そうにない。……許せ。」

シエナ:

「……え?」

ー何歩か進んで立ち止まったシエナの元に、リュシアンとセシルが駆け寄る。


セシル:

「殿下、よくぞご無事で! あれから酷い目に遭わされたりはしていませんか? ああよかった、心配したんですよ~。」

シエナ:

「……嫌よ。ここに居させてよ。」

セシル:

「何をおっしゃいますか! あなたは一国の王女なんですよ。蛮族の巣にいるなんて危険すぎます~。」

アイシャ:

「ったく。……本当にバカだね、あんたは。……おひいさんを手放すなんて。」

ザイド:

「これが、今出せる最適な答えだ。わかってくれ。」


リュシアン:

「……無事に引き渡されたようだな。奴らの気が変わらないうちに、すぐに撤退しよう。」

セシル:

「ええ。仰る通りですね。」

ーセシルがシエナの首元に武器を突きつける。


ザイド:

「―姫君!」

アイシャ:

「っ! なんでそいつがおひいさんを?!」

シエナ:

「……っ! オルコット卿、何をするの。どういうつもり? 悪ふざけはやめて。」

セシル:

「ふざけてなどいませんよ。僕は至って真剣です。」

リュシアン:

「何をしている、セシル。せっかく姫様を取り戻せたのに!」

セシル:

「アレス王国には復讐をしなければなりません。あなたたちは殿下を亡くしたことで、今後の立場が危うくなるでしょうね。それでも、まだ保身に走りますか?」

ザイド:

「どういう意図だ。自国の王女を人質に取るなど……意味不明だぞ。それで俺を試しているつもりか?」

アイシャ:

「あいつ……あの騎士の仲間なんだろ? アレスの奴らは、どいつもこいつも狂ってるよ。なんでったってあの子を……?」

セシル:

「僕は僕なりに、やらせてもらいますよ。彼女の死を持って、ね。」

シエナ:

「何を言っているの。早く離してちょうだい。あなた、そんな冗談を言うような人ではなかったでしょう? 一体どうしてしまったの!」


セシル:

「この場で殺された殿下のこと、陛下にはしかと報告させて頂きますよ。今度こそ確実に、蛮族に殺された、とね。」

リュシアン:

「気でも触れたのか? 今すぐ姫様を離してくれ。さもないと、俺があなたを殺すことになる。」

セシル:

「……そんな怖い顔しないでくださいよ。あなたにその武器をあげたのは誰です? あなただけだったら、正々堂々と立ち向かって、また同じようにやられてましたよね。あなたに、恩人の僕が殺せるんですか?」

リュシアン:

「……っ。まさか、あなたはアレス王国にも、恨みが?」

セシル:

「ええ。僕らを異国に追いやって見捨てたアレス王国。そして、僕らの同胞を甘い言葉で騙し誘拐したシャンマール。どちらの国にも滅んでもらいます。そのためには……殿下。あなたが必要なんです。悪く思わないで下さいね。」
 

アイシャ:

「奴らも一枚岩じゃなかったってことかい。……今はお喋りに夢中になってるようだね。その隙に、あの武器をどうにかしなくちゃ。」

ザイド:

「ああ、わかっている。この好機を逃すまい。―姫君、動くな!」

ーザイドが投げた花瓶がセシルの武器に当たる。その場に落ちる武器。


セシル:

「っ! な、何を! ……馬鹿なっ。よくもやってくれましたね……!」

アイシャ:

「やっぱり火薬みたいなもんだったか。水を浴びたそいつは、もう使い物にならないよ。おとなしく観念するんだね!」

ザイド:

「おい、騎士。そいつを取り押さえるのに協力してくれ。」

リュシアン:

「なぜ俺が―」

ザイド:

「そいつにはお前とは違う企みがあるようだ。同胞を傷つけたことは、今はさて置いてやる。」

リュシアン:

「……お前は姫様のことなど、どうでもいいのでは無かったか。」

ザイド:

「悪いが気が変わった。セシル・オルコットだったか。お前の話は後ほど牢屋の中でゆっくりと聞いてやろう。さっさと彼女を離せ。」

アイシャ:

「これで仮にも三対一だよ。終わったね、あんた。その子から手を離しな。あんたはあたしたちを本気で怒らせた。その落とし前はきっちりつけさせてもらうよ。」

セシル:

「まだ他に出来る事は……こんなところで……終わっちゃいられない。ああ……そうだ。この手がありましたね。」

ザイド:

「この期に及んで何を? ……っ!」

ーセシルがシエナを捕らえたまま、短刀を取り出す。


アイシャ:

「なっ! あいつ、まだ武器を?!」

シエナ:

「……な、んで。ねえ、お願いだからもうやめて。そっ、そう、ミレイユ。あの子が知ったらどう思うか考えてちょうだい。ねえ、目を覚まして、オルコット卿!」

セシル:

「ああ、そうだ。ねえ、殿下。あなたはもうすぐ殿下じゃなくなるんですよ。あなたの代わりは幾らでもいるんです。だから、もう用済みなんですよね。ということで、大人しくここで死んで頂けませんか?」

リュシアン:

「セシル! 今すぐやめろ。あなたの恨みに姫様は関係ないだろう!」

セシル:

「でも、もうこうするしかないんですよね。さよなら、殿下。」

ーシエナに向って短刀を振りかぶる。


シエナ:

「っ! いや、やめて……きゃああああああ!」

ザイド:

「シエナ! やめろ……っ! ―おい、どけっ!!」

シエナ:
「視界も、ドレスも。身にまとった赤は別の赤に塗り替えられていく。そうして、血塗られた宴は私の瞼とともに幕を閉じる。最後に見えたのは、私を愛することなどないと言った彼が、取り乱し駆け寄る姿だった。 」
 

ーFin​

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