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​文学サンドリヨン

 


「書くことは自分のアイデンティティーだ」

成功と挫折を味わった、かつての文学少年が筆を置いて数年後。

彼の背を追っていた一番の読者が、一つの問いのためにやってきた

「どうして書くことをやめちゃったんですか?」

そこで、彼は否応なしに過去と向き合うこととなる。

《登場人物》


三戸:

(男性)
三戸光馬(みと・こうま)

若くして文学賞に入賞し本を出版。その後二冊目を出すものの、思うように振るわず挫折する。それから何年も書くことから逃げていた。元々は書くことに絶対的な誇りを持ち、高校時代は専らミステリを書いていた。


里尾:

(女性)
里尾零(さとお・れい)

三戸と同じ高校で、文学部の後輩。高校時代から三戸に憧れ、彼女の作家デビュー後の作品も全て追っている。三戸と同じく書くことに強い執着と誇りを持っている。文学賞に応募するもののかすりもしないが、めげずに書き続けている。

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20分程度。
・一人称、口調、語尾等変更、アドリブ→○

​・「文学シンデレラ」の男女版です。​​

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白い花

三戸:

「書くことは自分のアイデンティティーだ」と。十代の頃までは本気でそう思っていた。その場で思ったこと、感じたことを言葉にする。物語を書くことは、僕にとって息をするように当たり前のことだった。至って普通のことをしているつもりが、よく人に褒められた。それで「自分は特別なんだ」と盛大な勘違いをした。高校で文芸部に入っても、「自分が一番優れている」と……恥ずかしながら大真面目に信じ込み、夢見ていた。

卒業から十年経った高校の同窓会。なんの気まぐれだろうか、節目の数字に釣られて参加することにした。変わらないあの頃を変わった姿で懐かしみ、やがてそれとなく腹の探り合いをする。自分は相手より上か、下か。目の前の人間からそんなものが透けて見えると、顔に張り付けた笑みは段々と引きつった。鬱憤を晴らす先はどこにもない。せいぜい酒と一緒に流して、飲み込んで、そのまま眠りこけるくらいだ。
 

里尾:

「先輩! 三戸(みと)先輩! 待ってください……! はあ、はあ……やっと追いついた。」


三戸:

「……お前。」


里尾:

「まさか、文芸部の可愛い後輩を忘れたなんて言わないですよね? お久しぶりです、里尾(さとお)です。」


三戸:

「サスペンスを書いてた奴に、可愛いも何もないだろ。」
 

里尾:

「ひどい!今は違うの書いてますよ! それに外見もほら、いい感じでしょ。髪型もおしゃれも研究したんで、街中でティッシュ配ってる人に声かけられるくらいにはなりましたよ?」


三戸:

「……キャッチに声かけられたくらいで自慢するなよ。」
 

里尾:

「え? あれキャッチなんですか? もう、浮かれて損した!」
 

三戸:

「……ふっ。」


里尾:

「あ、笑ったな? 今笑いましたよね、先輩!」


三戸:

「笑ってない。それより里尾。お前、なんでこんな所にいるんだ?」
 

里尾:

「祝、卒業十年! 高校の同窓会の帰りですよね。あれ、言ってませんでしたっけ? 幼馴染が先輩と同級生なんですよ。」


三戸:

「初耳だ。」


里尾:

「はい。なんで、時間も場所もバッチリ押さえて、二時間前から張り込んでました。」


三戸:

「お前は刑事か?」


里尾:

「立ち話も何ですから、お店に入りません? あ、これが先輩との初デートになるのかな。……ちょっと緊張しますね。」


三戸:

「僕に話でもあるのか? できればもう帰りたいんだ。手短に頼む。」
 

里尾:

「確かに先輩、二次会とか行かなさそうですもんね。あ、呼ばれてないだけか。」
 

三戸:

「そんなんじゃない。……誰と誰が付き合ったただの、いくら儲けただの、そういう話にウンザリしただけだ。」
 

里尾:

「ふーん? まあ世の中を斜め四十五度から見てる先輩らしいですね。なら、久しぶりに会った部活の後輩と二軒目、どうです?」
 

三戸:

「……行かない。まどろっこしいのは苦手なんだ。要件があるなら手短に言え。」
 

里尾:

「要件がなきゃお話ししちゃダメなんですか?」
 

三戸:

「雑談にあまり面白味を感じられないだけだ。」
 

里尾:

「相変わらずの切れ味だなあ。なるほどなるほど。……これなら、答えてくれそうですね。」
 

三戸:

「なんだよ?」
 

里尾:

「じゃあ聞きますけど。」
 

三戸:

そう言うと、里尾は純粋な目で僕が一番聞かれたくなかった問いを投げかけた。
 

里尾:

「どうして、書くことをやめちゃったんですか?」
 

三戸:

頭を金槌で殴られたような気がした。痛いところを突かれた、そんなもんじゃなかった。ずっと見ないふりをして避けてきた地雷を、いとも簡単に踏みぬかれてしまった。なぜこいつがそのことを知っている? 焦りと緊張で、喉がカラカラに乾いた。
 

里尾:

「せっかく文学賞に入賞して、本も出したのに。デビュー作は『真っ青な秋』でしたっけ? 内容はまあ……登場人物は美形ばっかだし、文章も長ったらしいし、大体、青春小説って言うんですか? 共感性羞恥を呼ぶって言うか、読んでて恥ずかしくなるような青臭さがありました。ああでも、青春を追体験したい層には一定の需要があるんでしょうね。」
 

三戸:

「……やめろ。いっそ殺してくれ。……あれは、ないだろ。酷いもんだった。忘れろ。頼むから、何も言うな……。」
 

里尾:

「でもそんなこと気にならなかったですよ。だって新進気鋭! 十八歳のデビュー作ですもんね。……いいなあ、作家デビュー。最高ですよねえ、自分の本が出せるなんて。私なんかいくら応募しても、かすりもしないですよ。」
 

三戸:

「……何が言いたいんだ?」
 

里尾:

「羨んでるんですよ。」
 

三戸:

「そんなに本が出したいなら、金を貯めて自費出版でもしたらどうだ?」
 

里尾:

「もう、わかってないですね。『出版社』という絶対的権力を持つ王子様に見初められて、声をかけてもらう。そのことに意味があるんですよ。先輩は、千載一遇のチャンスを掴み取ったシンデレラなんです! なんの賞も取れなければ、誰の目にも留まることがない。それでも細々と書き続けているモブの私たちからすれば、夢みたいな話じゃないですか。」
 

三戸:

「残念ながら魔法は解けたよ。僕はシンデレラなんかじゃないし、もう本は出さない。……自分の身の程を思い知っただけだ。」
 

里尾:

「二作目も出したのに?」
 

三戸:

「……それも知ってるのか。」
 

里尾:

「当たり前ですよ。『バッカスへ口付けを』。一作目よりは洗練されていて、良かったですよ。あれほどタイトル付けに悩んでいた先輩からしたら、お洒落なタイトルですよね。私は大好きです。一見、短編集と思いきや、最後には全ての話が繋がっていたという絶妙な伏線回収、それにカタルシス! ミステリは先輩の原点ですもんね。あれは素晴らしかったです。」
 

三戸:

「……それは、まあ。ありがとう。」


里尾:

「で、それっきりじゃないですか。あれから八年、何やってたんですか?」
 

三戸:

「留学してたんだよ。海外で博士号を取ったり、色々忙しくて書いている暇がなかったんだ。」


里尾:

「嘘つき。」


三戸:

「……は?」


里尾:

「先輩が本を出した出版社、ウェブで小説投稿サイトもやってますよね。三年前、それにがっつり書いてたじゃないですか。何を思ったのかつい最近、消されちゃったけど。」


三戸:

「あれは! 突然コメントがついたから、改めて読み返したら、なんか違うなと思って―」


里尾:

「リアルな海外を舞台に、人々の生活、息遣いが感じられる描写。やがて起きる連続殺人事件。それを追いかけるバックパッカー! 心理描写も素晴らしく、ラストは切なくも甘美で、ハラハラドキドキしました。」


三戸:

「……まさか、あの長文感想コメント書いたの、お前か?」


里尾:

「はい。だからって、自分が満足いかないから消す、なんてダサいですよ。ダサすぎです。自分でも読んでみて、良いと思ったから世に出したんでしょう? 先輩はもっと読者に対して真摯になるべきです。」

三戸:

「いつボツにしようと作者の勝手だろ。こっちにも事情があるんだよ。」
 

里尾:

「もしかして、あれ商業化するんですか?」


三戸:

「まさか。ただの趣味で書いてたものだ。ありえない。て言うか、なんで全部知ってるんだよ。デビューは大学入ってからだし、ペンネームも変えたのに……。」
 

里尾:

「生まれ年と出身地を公開してたので。」


三戸:

「だからってここまで……普通に怖いぞ。厄介ファンかよ。」


里尾:

「なんとでも言ってください。……ね、なんで書くのやめちゃったんですか?」
 

三戸:

「……。」


里尾:

「大人の事情ってやつですか。」


三戸:

「まあ……それもある。」


里尾:

「確かに、出した二冊はお世辞にも大ヒット!とはなりませんでしたよね。知ってる人の方が少ないですし。」


三戸:

「お前……はっきり言い過ぎだぞ。」


里尾:

「じゃあ褒めて褒めて褒めちぎればいいですか?」

三戸:

「いや、上辺だけの褒め言葉なんて寒気がする。遠慮しとくよ。」


里尾:

「先輩らしいですね。」


三戸:

「……最初はそりゃ、飛び上がるくらい嬉しかったよ。自分の作品を世に出せるんだ。しかもネットで検索したら、自分の名前とタイトルが出てくる。これ以上の喜びなんてなかった。友達や親戚にも宣伝して、買ってもらった。出版社の担当の人も、頑張ってくれたよ。」


里尾:

「……。」


三戸:

「だから、次はもっと面白いのを書きたくて、今ある全てを出し切るつもりで書いた。また周りに広めて、買ってもらおうとした。……でも甘かった。僕は既に二十歳になってた。その頃の話題は、次の新人賞を取った十六歳で持ち切りだった。それで、気づいたんだ。僕の取り柄なんて若さだけだったんだ、って。それこそ一瞬の魔法みたいなものだったよ。もっと若くて、もっと売れる作品を書けるやつなんて山ほどいたんだ。」


里尾:

「でも先輩が賞を取ったのは、実力じゃないですか。」


三戸:

「どうだろうな。『ある程度形になったものを書ける十八歳』が欲しかっただけかもしれない。どっちにしろ、僕の絶頂期はあの時だけだった。年齢関係なく二作、三作と出すためには、もっと面白いのを書かなきゃいけない。面白いだけじゃだめだ、売れるのを書かなきゃいけない。自分の持てる力を出し切ったつもりでも、もっと上。さらに上。常に上を求められて、見えない数字と戦って。……プレッシャーに押しつぶされそうだった。」


里尾:

「けど、それはあなたが本気で良いものを書こうとしていたからで―」
 

三戸:

「気づいたんだよ。作家で食っていけるのなんて、ひと握りの天才だけなんだって。僕は凡人だった。ろくに人生経験もない若造がいくら頭を捻ったところで、稚拙でありふれたものしか出てこなかった。所詮、子供のままごとだったんだよ。いや、今思えば一度は夢見せてもらっただけでも、恵まれてるのかもな。」


里尾:

「そんな……。」


三戸:

「そのうち、何か書こうとしても、何も浮かんでこなくなった。書かなきゃいけない。……でも、書けない。過去の最頂点にいた、自分を越えられない。そのうち、書くことが苦しくなった。パソコンを開いても文章ソフトが目に入る。そうすると『なんで書かないんだ』『どうして書けないんだ』と責められているような気がした。街を歩いても、図書館や本屋ばかりが目に付いた。本が並んでるのを見ると、なんで自分には書けないんだろう、って……そればかりが頭の中をぐるぐる回った。だから僕は逃げた。『もっと視野を広げるため。』そう自分に言い訳して、海外へ飛んだんだ。」


里尾:

「……そういうことだったんですね。……なら、先輩にとって『書くこと』は何だったんですか?」


三戸:

「誰かを勇気づける、感動させる、そういう話を書きたかった。でも、今はただの黒歴史だ。思い出したくもない、忌々しい勘違いの連続だったよ。」


里尾:

「それで、筆を折った、と。」


三戸:

「数年前ウェブに載せてたのは、ただの未練から生まれた妄想なんだ。全部、忘れてくれ。僕という作家は死んだんだ。」


里尾:

「……そうですか。」


三戸:

「見損なっただろう。」


里尾:

「はい。そうですね。」


三戸:

「……。」


里尾:

「あなたが筆を折った後も、私は書き続けていました。だって、書くことが好きで、私のアイデンティティーだから。先輩だってそうでしょう? 『書いていないと落ち着かない』って言ってたじゃないですか。あれは嘘だったんですか?」
 

三戸:

「それは……。僕には、もうそんなことを言える資格はないんだ。逃げたんだから。気楽に書けるお前とは違うんだよ。」


里尾:

「『気楽』? ひとつのものを完成させるのがどれだけ大変かは、あなたが一番よくわかってるでしょう。よくそんなことが言えますね。」


三戸:

「言い過ぎた。気に触ったなら謝る。」


里尾:

「もしかして、本を出したから自分の方が上、とでも思ってるんですか?」
 

三戸:

「そんなことが言いたいわけじゃなかった。ごめん。けど、お前より多少経験はあるつもりだから言わせてもらうよ。お前は僕が何でもできる天才みたいに言うけど、買い被りすぎだ。あの世界はもっと上の人たちしかいない。僕は至って平凡だったんだよ。」


里尾:

「それでも! 他と比べたって、私は先輩の作品が今も昔も大好きだし、絶対負けたくないと思ってます。……そういえば、私の書いた小説、何か覚えてます?」
 

三戸:

「……えっと。……ああ、うーんと。……何だったかな。」
 

里尾:

「……まあそうですよね。人の書いたものなんて、よっぽど印象に残らなきゃ覚えてないですよね。」


三戸:

「……ごめん。」


里尾:

「謝らないでください。余計惨めになりますから。」


三戸:

「……タイトルが思い出せないんだ。でも、内容は覚えてる。絶対的な悪だと思っていた犯人の壮絶な過去。涙ながらに全てを明かした時の心理描写は、鬼気迫るものがあった。」


里尾:

「でも、誰にも選ばれないんですよ。まあ、明らかに何かが足りてないんでしょうね。……けど、先輩は違います。一度は選ばれたんだから。出版社にコネもあるし、いつでもやり直せるじゃないですか。」


三戸:

「コネといっても十年くらい前の話だ。僕のようなぽっと出の作家なんて、誰も覚えちゃいない。おまけに売れなかったんだ。誰が振り向くんだよ。」


里尾:

「あなたみたいに本を出したかった人は山ほどいるんですよ。」


三戸:

「……わかってる。でも実績があったからと言って、そんな簡単な話じゃないんだ。」
 

里尾:

「そんなことは―」


三戸:

「事実なんだ。お前も早く目を覚ました方がいい。」


里尾:

嫌です。」


三戸:

「……。」


里尾:

「目が覚めて筆が折れるくらいなら、いつまでも夢見てますよ。先輩は馬鹿ですね。自分でチャンスを手にしておきながら、勝手に潰れて不意にしといて……悲劇のヒロインかなんかのつもりですか? もしかして、また誰かに見つけてもらって、魔法をかけてもらえるのを待ってるんですか?」


三戸:

「そんなつもりは―」


里尾:

「まだ書きたいと思ってるなら、素直に書けばいいのに。『読者が何思おうが知らん。好きなものはこれだ。どーん!』て部誌に載せてたあのお話の数々は、何だったんですか?」


三戸:

「ああいうのは商業とは違うだろ。お前はまだ世の中を知らないだけだ。なまじ出版なんかするんじゃなかったかもな。こんなの、ない方がマシなプライドができただけだったよ。」


里尾:

「それで、世の中を知ったような顔してるんですね。なら、趣味でもいいじゃないですか。あの時の気持ち、忘れた訳じゃないでしょ?」


三戸:

「……今は仕事も忙しいし、これから海外転勤も控えてる。限られた時間を、読む人がいるかもわからない小説を書くのに使うほど、暇じゃないんだよ。」
 

里尾:

「さっきから書かない言い訳ばっかりしてますけど。読者はここにいますよ?」
 

三戸:

「……っ!」


里尾:

「それに! 私も働いてるし、結婚してるし子供もまだ二歳だし、家事も育児もそりゃあ忙しいですよ。休日も、自分の時間なんてあってないようなものです。でも、書きたい。だから時間を作って、コツコツ書いてますよ。先輩、まだ独身なら時間ありますよね?」


三戸:

「え、ちょっと待て。お前、いつのまに……?」


里尾:

「私、今でも書いてます。高校の時と同じペンネームで、小説投稿サイトに載せてます。まあ先輩は興味ないだろうし知らなかったみたいですけど。……言っときますけど、先輩の一作目よりは……いや二作目よりも、全然描写力あるし面白いですから! つべこべ言わずに全部読んでください。」


三戸:

「……凄いよ、里尾は。まさに『継続は力なり』だな。尊敬するよ。」
 

里尾:

「仮にも本を二冊も出した人が、何言ってるんですか?」


三戸:

「大事なのはこれからなんだろ。いや、本当にそうだったよ。……目が覚めた気がする。」


里尾:

「覚めちゃダメです。もう一回夢見てください。」


三戸:

「そうだった。」


里尾:

「先輩がこれからも書かないつもりなら、この場で引っぱたこうと思ってました。そのまま夢の中に引っ張り込めたらいいかな、って。」


三戸:

「いや、怖いこと言うなよ。気絶でもさせるつもりか?」


里尾:

「それでも書かないなら、もう何も言わないつもりでした。でもこんなにも未練タラタラじゃないですか。……『書くことは自分のアイデンティティー』でしょう? ライバルが減るのは嬉しいですけど、いつまでも過去の先輩と争っててもしょうがないので。……私が魔法をかけてあげますね。」


三戸:

「……魔法?」


里尾:

「あなたが書かなくても、私は書き続けますから。……それじゃ、失礼します。」
 

三戸:

里尾が去っていった後も、僕は呆然と立ちすくんでいた。そういえば、連絡先も聞かれなかった。てっきりあの子は僕への好意ゆえに、作品を読んでくれているのだと思っていた。それが勘違いだったと知ると、急に恥ずかしくなった。里尾は僕という作家を通してではなく、純粋に僕の作品だけを見てくれていたのだ。それがどれほどありがたいことかは、痛いほどよくわかっていた。
いつのまにか、酔いはすっかり冷めていた。僕は一体今まで何をやっていたんだろうか? 夢から冷めるには、まだ早かったかもしれない。ふと、今まで溜め込んできたものをすぐにでも書かねばという衝動に駆られた。書きたい。書かなければ。
メモ帳アプリを開く。もう、何にも囚われたくない。読者の反応も、売れるかどうかの数字も。そう心に決めたあとは、早かった。そうして指に任せて言葉を紡ぐ、懐かしい時間が流れる。ずっと忘れていた、僕が何よりも愛した大切な時間。

 

ああ、そうだ。前書きはこう書くのがいいかもしれない。「たった一人の僕のファンであり、ライバルでもある君へ」―と。

 

ーFin.​
 

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