
スイシタイ
いつからか、彼には言いたいことが言えなくなった。
いつも、水中にいるみたいだった。
そんな私は、醜く膨らんで、いつか破裂するスイシタイだ。
(向いている方)
・言いたいことを溜め込んでしまう方
・浮気男への恨みを晴らしてすっきりしたい方
・モラハラしてみたい方
・目の前にいない誰かを口説きたい方
(注意事項)
・一部、グロテスクな表現がございます。
・自殺に関する言及があります。
《登場人物》
ミユウ:
(女性)
言いたいことを呑み込み、言えなくなってしまった。
リツ:
(男性)
彼女の存在を隠して他で恋愛フラグを立てまくっている。
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(M)はモノローグです。
※一人称、語尾変更、アドリブ→〇
※性転換不可(尚、演者の性別は問いません)
背景:AIPICT様(https://aipict.com/)
2026/9


ミユウ:
(M)
ずっと水中に沈んでいるような気がした。
何か言おうとしても、伝わらない。それどころか口に水が入ってくる。ごぼごぼ。声にならない言葉は泡となって消えていく。
水面に上がって息を吸いたい。でも一息吸っても、また水中に沈んでいく。
戻らないといけない。水から出ることは許されない。世間が、何より自分が、逃げることを許さない。
もしかしたら私は既に溺れているのかもしれない。そうしたら、ここに漂っているのは何だろう。
きっと、私の成れの果て。私だった「ナニカ」だ。
言えないことを溜め込んで、ぶよぶよに醜く膨れ上がって、破裂するのを待つだけの哀れな物体。
私が魚だったなら、もっと上手く呼吸できていただろうか。
今の私は死して尚、水中で生きようともがく、醜い「水死体(スイシタイ)」だ。
ー(誰かと通話している)
リツ:
「そー。駅前にいいシーシャあるんだけど、どう? 初めて? そっか、タバコ吸わなさそうだもんね。かーわいー。えー? 子ども扱いしてないよ。ちゃんとお洒落なカフェにも連れてってやるって。会えたらの話な。ほんとほんと。でさー、……あ」
ミユウ:
「……」
リツ:
「ごめん、ちょっとミュート。……何? どうしたの?」
ミユウ:
「ううん、なんでもない。」
リツ:
「そ。じゃ、俺あっちの部屋行ってるから。」
ミユウ:
「……誰なの?」
リツ:
「いや、普通に友達だけど。」
ミユウ:
「そっか。友達って……その、女の子?」
リツ:
「は? それ、お前と何か関係あんの?」
ミユウ:
「いや……そうじゃなくて」
ミユウ:
(M)
その子は彼女がいるって知ってるの? 私が目の前にいることをわかってるの?
そう言えたらいいのに。喉につかえた言葉は、私の中に逆戻りする。
リツ:
「……あのさあ。前から思ってたんだけど、お前の質問、何が言いたいの? 何の意図があるわけ? お前に俺の行動を制限する権利、あんの?」
ミユウ:
「っ! ……それは―」
リツ:
「友達は友達。男とか女とか関係ないって、いつも言ってるじゃん。俺は話したい人と話してるだけ。なんで俺が悪いみたいな態度をとるわけ? はあ……。信用されてないみたいで普通に傷付くわー。せっかく楽しく喋ってたのに、気分悪いんだけど。」
ミユウ:
「あっ……。そ、そう、だよね……ごめん」
リツ:
「もういいよ。寝るよね? おやすみ。」
ミユウ:
「う、うん……おやすみ」
リツ:
「ごめんお待たせ。いや? ちょっと電話入ってたから。いやいや、そんなんじゃないって。……えー? そもそも、そんなんいないから。で、何の話だっけ?」
ミユウ:
(M)
電話口の子はきっと、あなたのことが好きだと思うよ。
その一言も、言えなかった。
言わない方が丸く収まるってわかってる。だから、何も言わない。
そうして、また私の中にどす黒いものが溜まっていく。
ー(一時間後)
リツ:
「ごめん、もう切るわ。明日早いから。寝落ち通話? ……うん、そのうちな。え? うん、俺も。……じゃ、おやすみー。」
ミユウ:
「……遅かったね。」
リツ:
「っ! ……お前、まだ起きてたのかよ。」
ミユウ:
「……ねえ、リツ君は私のこと、好き?」
リツ:
「なんだよ、急に」
ミユウ:
「いいから、聞かせて。」
リツ:
「ミユウの口から聞きたいなー。」
ミユウ:
「……好きだよ。」
リツ:
「俺も。はいはい、おやすみ。」
ミユウ:
「……おやすみ。」
ミユウ:
(M)
前は自分から言ってくれたのに。そうやって、私に言わせるようになったのはいつからだっけ。
ー(翌日)
ミユウ:
「出かけるの?」
リツ:
「うん。ちょっと友達と遊び。」
ミユウ:
「何時に帰ってくるの?」
リツ:
「いや、わからん。ノリで長引くかも。そもそも、俺のことは気にしなくていいから。飯とか食ってくるから、いらねえし。」
ミユウ:
「でも、心配で」
リツ:
「それはどういう?」
ミユウ:
「……事故とか、トラブルに巻き込まれないかなって……。」
ミユウ:
(M)
嘘。本当は、相手が誰か聞きたいだけ。でもそれを言ったらあなたは不機嫌になるから、言えない。
リツ:
「考えすぎだって。じゃあ先寝てていいから。」
ミユウ:
「……うん。いってらっしゃい。」
ミユウ:
(M)
彼が出て行った後、アパートのベランダにもたれて、川を見る。ここに住むと決めた時は、あんなにキラキラして見えたのに。淀んだ流れを見て感傷にふける。
どうしてこうなっちゃったんだろう。出会ったばかりの頃は、もっと違ったのに。
ー(一年前)
ミユウ:
「お疲れ様です。」
リツ:
「うん、お疲れー。……あ、待って!」
ミユウ:
「はい?」
リツ:
「俺、実はめっちゃ気になっててさ。ミユウちゃんのこと。」
ミユウ:
「……え? 冗談?」
リツ:
「本気に決まってんじゃん。もっと仲良くなりたいなーって。その……ただのバイト仲間、じゃなくて。」
ミユウ:
「えー? リツ君モテるから、誰にでも言ってそう。」
リツ:
「いやいや、これでも真面目だし、結構緊張してるんだって。ミユウちゃん可愛いから、彼氏いそうだし。」
ミユウ:
「……いないよ。」
リツ:
「ホント? じゃ、俺にもチャンスあるって思っていい?」
ミユウ:
「うーん、チャラい人は嫌かも。」
リツ:
「いやいや! こう見えて、好きになったら真っ直ぐ、ってよく言われる。全然チャラくないって。」
ミユウ:
「嘘だー。」
リツ:
「ほんとほんと。あー、待って。めっちゃ緊張する。こんな風になるの、ミユウちゃんが初めてかも。」
ミユウ:
「ええー? ……まだ疑ってるよ?」
リツ:
「じゃあそのままでもいいからさ。お願い。今度、デートしようよ。 ……あ、帰ったら電話してもいい?」
ミユウ:
「……うん。いいよ。」
ミユウ:
(M)
それから付き合うまで時間はかからなかった。
彼とは何でも話せる気がした。人に言えないような話―たとえば、話題に出しただけでドン引きされそうな話も。
リツ:
「一番綺麗な死に方って何だと思う?」
ミユウ:
「それは、死体が汚くないってこと? それとも、苦しまずに逝けるってこと?」
リツ:
「冷静に返してくるの、怖いな」
ミユウ:
「そっちが先に言い出したんじゃん。」
リツ:
「いや、たまにそういうどうでもいいことが気になってさ。」
ミユウ:
「ちょっとわかるかも。」
リツ:
「俺は、そうだな。手軽かは別にして、一番綺麗なのは凍死だよな。ほら、エベレストとかじゃ今も綺麗に残ってるみたいだし。」
ミユウ:
「眠るように死ねるならいいけど、寒いのは苦しいだろうね。練炭とかは? 一酸化炭素中毒って気絶するんだっけ? いろいろ準備した後で、やっぱやめた! っていうのは……できるのかなあ?」
リツ:
「目張り外して? その頃にはもう倒れてんだろ。」
ミユウ:
「かといって、血を流す系は絶対痛いよね。」
リツ:
「銃があればあっというまかもな。ま、日本じゃ手に入らねえけど。」
ミユウ:
「一番身近なのは首吊りとか、飛び降りとかだけど……どっちも、後片付けする人がかわいそうだよね。それに失敗したら後の方が辛いし。」
リツ:
「ま、死のうとする奴に、人の迷惑とか考える余裕ねえだろ。」
ミユウ:
「入水はどうだろう。結構苦しそうだけど、昔の人はよくやってたよね。文学的なイメージがあるかも。」
リツ:
「バカじゃねえの。水死体なんて一番汚ねえだろ。魚に食われて骨だけになればまだましも、ガスでぶよぶよに膨れ上がるらしいぜ。」
ミユウ:
「……それは、嫌かも。」
リツ:
「最後、引き上げる時には破裂するらしいし。」
ミユウ:
「……確かに、最悪だね。」
リツ:
「まあ結局、老衰が最高なんじゃね?」
ミユウ:
「なら、長生きしなくちゃね。」
リツ:
「チューブに繋がれてまで、生かされたくないよな。」
ミユウ:
「わかる。」
リツ:
「一緒に生きような。なるべく長く、元気で。」
ミユウ:
「そうだね。あ、死がふたりを分かつまで?」
リツ:
「ははっ……それはちょっと重いかな。」
ミユウ:
(M)
私は本気で思ってたよ。あなたと一生を共にしたいって。
言えなかったけど。言われたかったけど。
ー(夜も更けた頃、帰ってくる)
リツ:
「……。」
ミユウ:
「おかえり。遅かったね。」
リツ:
「! びびった……。なんで起きてんだよ。寝てろって言ったろ。」
ミユウ:
「……なんか、寝れなくて。」
リツ:
「だからって、こんな時間まで起きてるとか……はあ。俺への当て付けかよ。」
ミユウ:
「違うの。本当に、色々考えてたら寝れなくなっちゃって。」
リツ:
「ふーん。」
ミユウ:
「あ、お風呂、沸いてるよ。」
リツ:
「あ、そう。じゃ、行ってくる。」
ミユウ:
「うん。いってらっしゃい。」
リツ:
「おう。……って、ついてくんなよ。気持ち悪い。」
ミユウ:
「……っ! ごめん。」
リツ:
「あ、汗かいてるから……な? 早く流したいんだよ。じゃ、おやすみ。」
ミユウ:
「……うん、おやすみ。」
ミユウ:
(M)
ねえ、リツ君。私のどこがだめだったの? なんで他へ目を向けるの? あんなに好きって言ってくれたのは嘘だったの?
言えない言葉たちは、「スイシタイ」の中でどんどん膨らんでいく。
ー(風呂場の扉を開ける)
リツ:
「―っ! おい、何入ってきてんだよ。来んなっつったろ!」
ミユウ:
「……もう、疲れた。」
リツ:
「はあ? 何言ってんだよ。意味わかんね―」
ミユウ:
「あなたを永遠に私のものにしたいとか、私だけを見ててほしいとか。そういうの、もう疲れたの。」
リツ:
「ちっ。あーもう、そういうのうぜえから。疲れてんだから邪魔すんなよ。いいから、出てけって―」
ミユウ:
「だから、もう、いいよね。(項を掴み、浴槽に沈めようとする)」
リツ:
「……っ! うっ……ごほっ、ごほっ! てめえ、何すんだよ。ふざけんな。いい加減にしろよ!!」
ミユウ:
(M)
彼の手が伸びる。今度は私が浴槽に沈められる。
ぶくぶく。ごぼごぼ。息ができない。
ねえ、やだよ。醜いスイシタイになんてなりたくないよ。
ああでも、もうとっくにスイシタイだから、関係ないか。心と身体が一致するだけ。そう気づいた途端、ふっと力が抜けた。逆に、我に返った彼が手を離した。
リツ:
「……おい。顔上げろって。おい!」
ミユウ:
(M)
顎を掴み、必死に呼吸を確かめようとしている。おっかしい。さっきまで私を殺そうとしていたくせに。
リツ:
「死んだふりしてんじゃねえよ。どうせ生きてんだろ?」
ミユウ:
(M)
とっくの昔にあなたが殺したよ。私の心を。未来永劫に。
リツ:
「おい、冗談だろ? 起きろよ。……ミユウ。……ミユウ? ……っ! 馬鹿じゃねえの。もう知らねえ。俺は……関係ねえ。俺は、悪くねえし!!」
ミユウ:
(M)
彼は、バタバタと風呂を飛び出したようだった。しばらくして、玄関から出ていく音がする。彼女を殺して逃げだす、ダサい男。なんであんなのが好きだったんだろう。
どれくらいそのままでいたんだろう。口から水が溢れてきて、ようやく気が付いた。
ミユウ:
「げほ……げほごほっ!」
ミユウ:
(M)
頭がくらくらする。目を開けると、脱衣所には彼のスマホが落ちていた。画面にはメッセージが浮かんでいる。
ミユウ:
「『今日は楽しかったよ~。また会いたい、だいすき♡』『俺も大好き』……か。ははっ……。」
ミユウ:
(M)
体が動く。ってことは、生きてるのか。ううん、もう死んでてもいいや。幽霊でもいいや。もう何もかも、どうでもいいや。
ベランダに向かう間、彼の持ち物を片っ端から拾う。片方の靴下も、脱ぎ捨てられたズボンも。いらない。全部、いらない。窓を開け、手当たり次第に外へ放り投げる。彼のものが土手へ転がり落ちていくのを見て、笑いがこみ上げてきた。
ミユウ:
「ふふ……ははは……。あはは………あっははははは!」
ミユウ:
(M)
ねえ、知ってた? スイシタイって、限界まで膨らんだら、汚いガスをまき散らして、破裂するんだよ。
きっといつかはこうなるって、わかってたのにね。
最後に、彼のスマホをフルスイングで投げた。きらりと光る画面が、夜明けのどぶ川へと沈んでいった。
ー(Fin.)