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輪廻転生もの

またもや落語風……というよりは、和風漫才風です。
一人二役前提ですが、落語という体ですので、

無理に声色を変える必要は無いと思います。

また、何人でやってもかまいません。

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・一人称、語尾→アレンジ自由
・アドリブ→枕部分など、ご自由に創作していただいて結構です。

【登場人物】

・秋笑風亭 夢燭(じゅうしょふてい・むしょく) 

※性別不問
語り手。落語家。

以下、噺の中の登場人物。※兼役


・「本好きの若者」…貸本屋でいろいろな本を読み漁っている。良くも悪くも純粋で騙されやすい。ツッコミ役。


・「貸本屋」…流行りものを取り扱っている自負があるが、蓋を開けてみればマニアックなものばかりを仕入れている。ボケ役。
 

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秋笑風亭:

皆様、久しくお目にかかります。笑う風には秋来たる、されど燭台の灯火は風前の夢。秋笑風亭夢燭(じゅうしょふてい むしょく)と申します。


おやおや、あたくしのことを宿無し職なしとお笑いになっているそこのあなた。あたくしの住まいはあばら家ではございますが、お話をするのを生業としておりますから、決して職なしではございません。

とは言え、職というのは時代によって移り変わるもの。十年、二十年を経ても同じ職が存在する保証はどこにもございません。近頃は水屋、灰買い、唐辛子売り、貸本屋などはとんと見かけませんが、あるいは無くなり、あるいは別のものへと変わるもの。すべては時の変化によるのでございます。


時の流れと致しましては、近頃巷(ちまた)では異界へと輪廻転生するおとぎ話を多くお見受けします。新たな自分で一から人生をやり直したい。あるいは、かつて生きた世の知恵を持て囃してくれる世に行けないものか。一度は夢見る方も多いことでありましょう。古き世も例に漏れず、そういった類の作り話を好き好んで書く連中もいたとかいなかったとか。

はてさて、近き世にも、とある本好きの若者と、馴染みの貸本屋がおりましたとさ。なんでもこの貸本屋、一風変わった本ばかりを揃えていたらしい。ところが、そうとは知らぬ若者は、貸本屋の言うまま勧められるままに、本を借りるのを常としていたのでございます。
 
貸本屋:

「どうもおまたせしてすいやせんね。へへっ、今日も活きのいい本を取り揃えておりやすよ。」


本好き:

「いやあ、どうもすまんねえ。そうそうこれこれ、これを待っていたんだよ。しかし、今日もこれまた見たこともない本ばかりだが、もしや新作かい?」

貸本屋:

「おお旦那、お目がたけえ。こいつあ、今流行りの『輪廻転生もの』でございやす。近頃は猫も杓子もこぞって求めるほど、大人気でございやす。」

本好き:
「輪廻転生もの……? なんだい、そいつは。坊さんに向けたありがたい教えってかい。あっしの読みたい本とはちょいと違うようだが、いったいどんな話なんだい?」

貸本屋:
「へい。まず主人公が人力車に轢かれて死ぬところから始まりやす。」

本好き:
「人力車?! 人力車に轢かれたところで死ぬわけねえだろ。おぬし、本気で言っとるのか?」

貸本屋:
「そこはお話を進めるためでありやす。ちなみにこちらの本は飛脚で、あちらの本では牛車(ぎっしゃ)でございやす。」

本好き:
「まだ人力車の方が死ねそうだな。」

貸本屋:
「そんでもって、主人公はこの世を去り、異界へ向かうこととなりやす。」

本好き:
「ほう。これで一から人生をやり直す、ってことか。あっしもやり直せるもんならやり直してみたいねえ。どうせなら上(うえ)様にでもなって贅沢三昧してみてえもんだ。して、あの世とは?」

貸本屋:
「地獄でありやす。」

本好き:
「地獄う?! なんでったってそんなところに」

貸本屋:
「齢(よわい)三つで蟻を潰し、牛、鶏、豚の畜生を喰らい、魚を焼き殺した輩には当然の処遇かと。」

本好き:
「なんてこったい。そいつは生きてりゃ誰にでもあるだろうに。こりゃあ厳しいお説教か、教訓ってところかい。」

貸本屋:
「ここまでが第一巻でございやす。」

本好き:
「いや、一巻が長すぎではないか。」

貸本屋:
「それから戒めを守り、ようやく解脱(げだつ)するまでが十巻でございやす。」

 

本好き:
「十巻?! 正気の沙汰ではないな。もはや釈迦の説法ではないか。もう少し、楽しい娯楽本はないのかい?」

貸本屋:

「それでは、こちらはいかがでございやすか。『輪廻転生したら英吉利(いぎりす)であった件(くだん)』」

本好き:
「なんとも珍妙な題名だが、面白そうであるな。」

貸本屋:
「こちらは解脱するまでを一巻にまとめて、虫から人間への転生を果たしておりやす。」
 

本好き:

「解脱のくだりは、何としても入れねばならんのだな。」

貸本屋:
「楽して人間に生まれ変われるとは思うな、ということでございやす。」

本好き:
「恐ろしく厳しい教えだな。して、その『いぎりす』とやらは異界の名前だろうか。」

貸本屋:
「へえ。何でも出島にいる阿蘭陀(おらんだ)の連中と同じ、赤ら顔に黄色い髪の巨人ばかりがいるそうで。」

本好き:
「なんと。さながら鬼退治に行く桃太郎のようではないか。して、その話の主人公はどうなるのだ?」

貸本屋:
「へい。まず、かの者は出島で蘭学を極め、いぎりす行きの船に乗り込むのでございやす。」

本好き:
「ほうほう。それでどうなる?」

貸本屋:
「しまいです」

本好き:
「なにゆえ?! まだ何も始まっていないではないか。」

貸本屋:
「いぎりすまでは、船で一年かかりやす。その間に主人公は病に臥せり、蘭語しか学んでこなかったのが仇となり、病について伝えることもできず、息絶えるのでございやす。」

 

本好き:
「むごすぎるではないか。」

貸本屋:
「おまけに、いぎりすへの渡航はお上(かみ)に禁じられておりやすので、生きて帰れたとしても市中引き回しの刑が決まっておりやす。」

本好き:
「救いがないとはいかに。哀れすぎる者ばかりではないか。巷では、本当にこんなものが流行っておるのか?」

貸本屋:
「ええ?! それがしは江戸一の貸本屋でございやすよ。これがわからんとは……旦那はちょいと変わった趣味をお持ちとお見受けした。」

本好き:
「今の江戸は、あっしの他は変人ばかりということか……?」

貸本屋:
「なんとも、難儀なお方ですなあ。では、こちらはいかがでございやしょうか。源氏物語さながら、おなごを侍らすお話でございやす。」

本好き:
「ほうほう。そいつはなかなか……おぬしも悪よのお。」

貸本屋:
「滅相もございやせん。はてさて、肝心の内容でございやすが、かくかくしかじかで人間に転生した主人公は、もう二度と地獄へ落ちぬことを心に誓い、頭をそり、出家するのでございやす。」

本好き:
「そいつはこれまでとは毛色が違った話だな。これは期待できそうだ。」

貸本屋:
「ところが、出家先の寺はどこもかしこも受け入れてくれぬ。やっとのことで見つけた寺は尼寺。致し方なく、尼寺で男一人修行することになったのでございやした。」

本好き:
「なるほどなるほど。美しい尼たちに囲まれて恋の駆け引きを楽しみつつ、幾人もの尼をとっかえひっかえするのだな。」

貸本屋:
「いいえ、何もいたしやせん。」

本好き:
「なんと。ではどうするのか。」

貸本屋:
「ひたすら仏道に励むのでございやす。色欲の地獄に落ちるのは、ごめんこうむりましょうぞ。」

本好き:
「やはり、御仏の教えから逸脱することはかなわぬか。」

貸本屋:
「ちなみに、尼はすべていい年こいたババアでございやす。」

本好き:
「ええい、恋などあってたまるか。誰がさような話を好き好んで読みたがるのだ!」

貸本屋:
「そういえば、輪廻転生してすし屋になった話もございやすが」

本好き:
「いや、もう結構。輪廻転生ものは、ごめんこうむるわい。」


秋笑風亭:

江戸の世の流行りものとはいかに。されど、この世も古から見れば、似ても似つかぬほどに変わり果てた世界でございましょう。こちらの世で流行ったものがあちらの世では廃れ、更にはこちらの世では思いもつかぬ代物が、いつしか一世を風靡することもあるやもしれません。


いやはや、行く川の流れは絶えずしてといいますが、移り行くものは誰にもわからぬものでございましょう。本日はこれにて。どうも、お粗末様でございました。
 

​―終

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