白兎：
えー、えーっ。皆さん、お静かに。今日ここにお集まりいただいたのはですね―

​

帽子屋：
ふっ。そんなのわかりきっている。イカれた茶会をするためだな？

​

チェシャ猫：
何言ってんの、帽子屋さん。このメンツだよ？　お茶会なんて、あんたのところでいつでもできるでしょ。これはきっと、俺のためのナゾナゾ大会だよね。へへっ、とっておきのやつ出しちゃおうかな？

​

女王：
はっ。揃いも揃って下らんことばかり抜かしよって。よいか？　この国の最高権力者はわらわじゃ。そしてウサギはわらわの臣下でもある。貴様らの首をはねるために決まっておるじゃろう。

​

白兎：
え、え～っと……。皆さん、僕の話ちゃんと聞いていました？　はあ……。今ので三分は無駄にしてしまったじゃないですか。もう、時間がないのに。……こほん、いいですか？　不本意ながらこの国に迷い込んでしまった女の子がいたでしょう。あの子について知っていることがあれば、全部洗いざらい話そう、という話だったじゃないですか。

​

帽子屋：
まあ、そう固いことは言わずに、まずは茶でもどうだ？　これはファーストフラッシュと言って、今年一番摘みの貴重な茶葉だ。黄金色が美しいだろう。華やかな香りと爽やかな味わいを存分に楽しむといい。

​

チェシャ猫：
おっ。さすが帽子屋さん、気が利くじゃん。さんきゅ。って、あっつ！　ちょっと、俺が猫舌だってことわかっててやってる？　あ、もしかして嫌がらせってやつなの？　うわあ～、ひどいなあ。

​

帽子屋：
おや、それは失礼した。猫みたいな身なりをしているが、まさかに本当に猫舌だったとはな。失敬、失敬。

​

女王：
おい、帽子屋。ぬるいぞ。香りもすっかり飛んでいるではないか。どんな淹れ方をしたらこうなるのじゃ。わらわの城の上質な紅茶の足元にも及ばぬな。ほれ、誰か早く城から持ってくるのじゃ。こんなゲテモノ、飲めぬぞ。

​

白兎：
ああ、この紅茶美味しいですね。―って、ちが～う！　だーかーらー！　さっきからずっと僕の話を聞いて下さいって言ってるじゃないですか！

​

帽子屋：
どうした、ウサギ。急に大声を出して。うるさいぞ。せっかくの紅茶がまずくなる。

​

女王：
はっ、ただでさえまずい紅茶がこれ以上まずくなることはなかろう。貴様、面白い冗談を言うのじゃな。

​

チェシャ猫：
ねー、ウサギさん。さっきから何をそんなにカリカリしてんの？　ストレスたまるよ？　せっかく集まったんだし、楽しく過ごさなきゃ。じゃあ、ナゾナゾ出すね。「パンはパンでも、食べられないパンはな～んだ？」

​

白兎：
―もう、いい加減にしてください！！　はあ、はあ、はあ……。ああ、先にこの名前を出すべきでしたね。「アリス」。これでさすがにわかって下さいますよね？

​

帽子屋：
アリス……。

​

チェシャ猫：
ああ……。

​

女王：
ほお……。

​

白兎：
この不思議の国に迷い込んだ彼女は、僕たちと出会い親交を深めた。他のモブ……失礼、数字カードたちとの交友はありませんでした。そしてここに、彼女が死んだという事実がある。いったいどうして彼女は死んでしまったのか……。

​

帽子屋：
お言葉だが、ウサギ。それでは、私たちのうちの誰かがあの子を殺したとでも言いたげじゃないか。

​

チェシャ猫：
そうだよ。俺はあいつにそんな危害を加えるような遊びはしてないよ。ただほんのちょっとばかし、刺激的なナゾナゾを楽しんでただけだって。一番怪しいのは、口を開けばすぐに「首をはねよ」とか言うそこのオバ……女王様なんじゃない？

​

女王：
貴様、今何と言った？　おい、誰かこやつの首を―

​

チェシャ猫：
おっと、残念。首から下を煙のように消せる俺には、そんな脅しは通用しないよ。

​

女王：
ちっ。まあ、よい。後でその耳を切り刻んでやる。しかし、わらわはあの子を大層気に入っておったのじゃぞ。あんなに面白くて可愛らしくて、唯一無二の子は、この国のどこを探してもいまい。そう簡単に首をはねたら面白くないではないか。殺すなら、もっとじっくりゆっくりといたぶって、わらわの好きな赤で染めてやりたいものじゃ。

​

帽子屋：
おお、怖い。野蛮な女王様は考えることが違うねえ。

​

白兎：
こほん、こほん！　えーっと、それくらいにしておきましょうか。皆さん、アリスが死んだのは事実です。この国では死んだ人物は、死後いくらか時間が経つと一枚のカードになります。そして、これが彼女のカードです。

​

チェシャ猫：
ふ～ん。いまいち実感がわかないけど、これがそうなんだね……。 

​

女王：
これでもうあの子は喋ることもできないのか。数字たちのカードは見慣れてはおるが、あの子に限っては悲しいものじゃな。

​

帽子屋：
ふむ。確かにお嬢さんの姿が描かれてはいるが……これだけでは何もわからないな。

​

白兎：
そうなんですよ。死に姿が描いてあるわけではないですからね。でも、僕は何としてでも彼女の死の真相を突き止めたいんです。そういうわけで、一人ずつ、最後にアリスと会った時のことを教えていただけませんか？　まずは、帽子屋さんから。

​

帽子屋：
私か。最後に彼女に会ったのは六時のお茶会の時だ。三月ウサギがいつものようにバカをやって彼女に意地悪するものだから、腹の立った私はティーポットをひっくり返して、眠りネズミともどもあいつらを追い払ってやった。それからは、ゆっくりとお嬢さんと二人きりのお茶会を楽しんだよ。紅茶はダージリン。茶器は銀。お茶菓子はバースデイケーキ。お嬢さんはいつも通りだったよ、何も変わったところはなかったさ。

​

白兎：
なるほど、メモを取るから待っていてくださいね。……はい、いいですよ。そのお茶会はどのくらいの間やっていたんですか？　具体的には何日くらい前でした？

​

帽子屋：
あいにく私はどこかのせかせかウサギとは違って、時間は気にしない主義なんでね。一日前のことのようにも、二日前のことのようにも思えるよ。

​

白兎：
はあ、そうですか。せめて昨日かそれ以前かだけでもわかれば……。

​

帽子屋：
何日……日付。ああ、そうだった。私の暦ではこの帽子にあるように、常に十月六日―つまり私の誕生日だ。そして毎日は誰かにとってのバースデイであり、特別な日なんだよ。だから、バースデイガールであるお嬢さんにも特別な帽子を授けたんだが、さぞかし喜んでいたなあ。これだから茶会はやめられないんだ。

​

チェシャ猫：
ははっ。いいぞ、おっさん！　あんたってしれっと真面目な面（つら）して、頭のネジはぶっ飛んでるもんな。大体その帽子も、こないだは十シリング六ペンスって書いてある値札だって言ってなかったっけ？

​

女王：
ああ、鬱陶しい。これ以上こやつの妄言を聞いていたら、こちらの耳まで腐ってしまいそうじゃ。おい、誰かこやつの首を―

​

白兎：
えっと、もう大丈夫です。とりあえず、帽子屋さんは一日か二日前に彼女と二人きりでお茶会をして、それが彼女と会った最後だと、そう仰りたいんですね？

​

帽子屋：
ああ……いや、厳密に言うと違うのかもしれない。たとえ現実世界では会っていなくても、夢の中のティーパーティーで彼女と顔を合わせた、なんてことは無かっただろうか？　待ってくれ、今記憶をたどってみよう。あれは確か―

​

白兎：
あーもう結構です、大丈夫です。思い出さなくていいですから。はあ……。疲れますね、これ。……では、気を取り直して。次は、猫さんですね。

​

チェシャ猫：
おっ、俺のこと聞いちゃう？　つっても、俺はいつものようにあいつとナゾナゾしたり、ゲームしたりしてただけだよ。俺ってアリスとは仲良しだったからさ。あいつは毎日森を通りかかるから、いつも声をかけてるんだ。まあ、たま～にナゾナゾに答えられなかったら悪戯もしちゃうけど、可愛いもんだよ。爪を研がせてもらったり、ちょっと噛ませてもらったりとか。

​

白兎：
？！　そ、それはどういう……？

​

チェシャ猫：
ああ、ネズミ捕り競争もしたなあ。あとは、首から下を消す方法を教えてあげたりとか。こわーい女王様の怒りを買った時のために、ね。ほら、こんな感じ。

​

白兎：
ひっ！？　き、気持ち悪いのでやめてもらってもいいですか？

​

チェシャ猫：
あ～、ごめんね？　でも、彼女がやり方がわからないっていうからさ。最後に会った時にも、手取り足取り教えてあげたんだよ。あ、どんな風に教えたか知りたそうだね。でもこれは俺とアリスの秘密だから、おしえてあ～げない。

​

白兎：
はあ、そうですか……。それより、その「最後に会った日」というのはいつだったんですか？　まさかあなたも帽子屋さんと同じように、覚えていらっしゃらないんですか？

​

チェシャ猫：
ん～、どうだったかな。帽子屋さんのお屋敷に続く森で会ったから、きっとこれから向かうか、もしくは屋敷に行った帰りだったんだろうね。どっちだったのかは特に聞かなかったけど。

​

白兎：
そうですか。つまり、彼女が帽子屋さんと猫さんのどちらと先に会ったかは、不明ということですね……。帽子屋さんは、彼女から何か聞いていませんでしたか？

​

帽子屋：
お嬢さんから猫君について？　いや、どうだったかな？

​

白兎：
結局、要領を得ない話ばっかりですね……。では最後に、陛下も彼女と会った時のことをお願いします。

​

女王：
貴様、臣下の分際でわらわに指図するのか？

​

白兎：
め、滅相もございません。ただ僕は、少しでも彼女の情報をいろいろな人から集めておきたくて。

​

女王：
まあ、よい。ちょうどわらわも、あの子のことを話しておきたいと思っておったのでな。あの子が最後に謁見にやってきたのは、三日前のことじゃ。退屈していたわらわと共にクロッケーがしたいと言うので、フラミンゴを捕まえてゲームに興じておった。そうしたら、庭園の薔薇の様子がおかしいではないか。何事かと思えば、兵士の奴らが間違えて白薔薇を植えて、わらわの目を欺くために赤いペンキを塗っておったのじゃ。ああ、今思い出してもむかむかする。小癪な真似をしよって。かっと頭に血が上ったわらわは、あやつらの処刑を命じた。そして片っ端から首をはねさせた後、気付けばあの子はいなくなっておったのじゃ。大方、血なまぐさいことが嫌いだからと、逃げ出してしまったのじゃろうな。あの子とわらわが唯一合わなかった所じゃ。良いストレス解消法であるのに。

​

白兎：
ああ、僕もその騒動については小耳にはさんでおりましたが、まさかそんなことになっていたとは……。歴代処刑数ナンバーワンだったんじゃないですか？

​

女王：
くだらん。数など覚えておらぬわ。

​

白兎：
あ、はい。もう大丈夫です。ありがとうございました。

​

チェシャ猫：
うわあ、相変わらずヒスってんなあ。いいじゃん、別に薔薇くらい白でも赤でも。あんまり怒ってばっかりいると、早く老けるよ？

​

帽子屋：
レディとは思えんな。少なくとも私の好みではない。

​

女王：
わらわに年齢などないし、貴様の好みなどどうでもよいわ！　はて……それは侮辱罪ということでよいか？　到底許せぬ。誰かこやつらの―

​

チェシャ猫：
え～。女王様、もしかして処刑係の首もはねちゃったから、もう兵士は誰もいないんじゃないの？　

​

帽子屋：
ああ、ありうるな。その勢いで、お嬢さんの首も兵士と一緒に間違えてはねていそうだ。かわいそうに。

​

女王：
何をたわけたことを。わらわが兵士とあの子を間違えるわけがなかろう。それに、クロッケーをしたのは三日前の午後じゃ。して帽子屋、貴様は一日か二日前の六時ごろに、あの子と会ったと申しておったな。

​

白兎：
なるほど。もし仮に陛下が間違えて彼女の首をはねていたとしたら、その翌日以降に帽子屋さんとお茶はできませんね。

​

女王：
そういうことじゃ。あの子は特別じゃ。たとえ怒りに我を忘れるようなことがあったとしても、あの子には手出しなどせぬわ。

​

白兎：
そうなると、アリバイがないのは時間感覚のないお二人ということになりますね。せめて、どちらが先に会ったかだけでもわかればいいんですが……。

​

チェシャ猫：
ちなみになんだけどさ。そういうウサギさんはどうなの？　アリスと最後に会ったのはいつ？

​

白兎：
えっ！　あ、僕ですか。そうですね。こう、いざ言われてみると確かにあやふやになりますね……。ああ、そうだ。いつものように陛下の呼び出しを食らって、遅刻寸前だったので、全力疾走していたんですよ。そしたら、後ろから彼女に声をかけられたような気がして。それが最後だったと思います。

​

帽子屋：
お前はよくお嬢さんと追いかけっこをしているな。しかし、最近はほとんど見かけないと思っていたが。

​

白兎：
まあ、彼女がこの国に来たのもそれがきっかけでしたからね。彼女、きっと根っからのハンター気質なんですよ。もう、僕のことが大好きすぎて、すぐに尻尾を追いかけちゃうんだから。まあ、僕は草食動物の本能ってやつで、捕まるのは嫌なのでさっさと逃げちゃうんですけどね。

​

女王：
貴様を呼びつけたのは、処刑の後処理のためであったか？

​

白兎：
あ、ああ……きっとそうですね。まったく陛下ってば、ほんとウサギ遣いが荒いんだから。僕の身体、いくつあっても足りませんよ。

​

チェシャ猫：
ふ～ん、なるほどね。じゃあ彼女を見かけたかもっていうだけで、会ったとは言えないってことか。それじゃ、やっぱり俺か帽子屋さんの線が濃厚ってわけだね。

​

白兎：
そうなりますね。ああ、そうだ。帽子屋さん、さっき茶器は銀だったと仰っていましたけど。彼女が飲んだ後のカップが、どんな状態になったか覚えていますか？　例えば白くなったとか、銀のままだったとか、あるいは―黒ずんだりとか。

​

帽子屋：
いやあ、どうだったか。人の飲んだ跡なんて、そうそうじっくり眺めるものじゃないだろう。変態じゃあるまいし。……その口ぶりだと、まるで私が彼女に毒を盛った、とでも言いたげだな。

​

白兎：
あっ、いえ！　そういうことでは……。

​

帽子屋：
ああ、思い出した。さっきの話に戻るが、そういえば私はお嬢さんに「行きに誰かと会ったか？」と聞いたんだ。そうしたら、彼女は誰にも会っていないと言っていた。ということは、猫君と会ったのはきっと私との茶会の帰りだろうな。

​

白兎：
そうでしたか。では、猫さん。彼女と会った時、顔色が悪いとか何か変わった様子はありませんでしたか？　彼女とはどれくらいの時間、遊んでいたんです？

​

チェシャ猫：
あ～、……帽子屋さん、うまいこと言って逃げたな。う～ん、別に体調悪そうとかは感じなかったよ？　俺の目って、夜の方がよく見えるし、敏感だからさ。あとアリスと話すのは面白いから、そんなすぐに別れたりはしなかった。ま、俺の主観だけどね。なになに？　これって今、俺が一番あやしいってことになってるの？

​

女王：
そうなるの。最後にあの子と会ったのは貴様だからな。だいたい、首から下を消す練習とはなんじゃ？　わらわには、貴様があの子の首を切って遊んでいたとしか思えないのじゃが。

​

チェシャ猫：
うえ～……女王様じゃあるまいし、いくら俺でもそんなスプラッタな遊びはしないって。

​

帽子屋：
どうだかな。お前は日頃から、うちの屋敷の眠りネズミを大層可愛がってくれているそうじゃないか。なんでも、尻尾と耳を切ろうとしたんだって？

​

チェシャ猫：
やだなあ、帽子屋さん。あれはあいつがあんまりにも美味そうだったから、ほんのちょっと味見させてもらおうとしただけだよ。俺は猫で、あいつはネズミ。これはきっとDNAに刻まれている本能だから、逆らうことのできない悲しい性（さが）ってやつなんだろうね。

​

白兎：
う～ん……こう、猫さんは信用できないですね。どうも軽いと言うか、言っていることが八割方適当っぽいと言うか。でも、それは何も猫さんだけじゃないです。ここにいる全員に、嘘をついている可能性がありそうですね。そう、きっと……誰かの発言が、矛盾しているはずです。

​

帽子屋：
そういえば、ウサギ。そもそもの事の発端はなんだ？　お前が彼女のカードを見付けて私たちを呼び立てたのだろう。いったいどこで見つけたんだ？

​

チェシャ猫：
ああ、それは俺も気になってた。ウサギさんったら、俺たちの話は聞きたがるくせに、自分の話はそんなにしてくれないんだもん。そもそも、普段なら死ぬほど時間を気にするくせに、アリスのカードを見付けた時間だけ教えてくれないなんて、なんか変だよな。

​

女王：
それもそうじゃな。死体がカードに変わるまでは、確か……三時間程度かかるはずじゃ。まあ、血痕などはそのまま残るがな。ウサギはあの子がカードに変わってから見付けたということじゃが……。どれ、いつどこで見つけたのか、はっきりさせるのじゃ。

​

白兎：
あ、ごめんなさい。これを見付けた時、僕はすっかり気が動転していて、言い忘れていたんですよ！　そう、これは……帽子屋さんの屋敷に続く森の中で見つけました。

​

チェシャ猫：
ね～、ウサギさん。さっきから時間にうるさいあんたが、カードを見付けた時刻を教えてくれないのはどうして？

​

白兎：
ああ、もう。順番に答えようと思っていたところだったんですよ。そう、昨日です。昨日の昼間、見つけました。

​

女王：
なるほどな。そういえば、貴様はわらわの臣下であるにも関わらず、いつもふらふらとほっつき歩いておるから、わらわも貴様がいつ外出していたかは把握しておらぬぞ。

​

白兎：
へ、陛下？　それは……。

​

帽子屋：
ほう。では、お嬢さんが猫君と会った後に、ウサギと会っていたとしても、何ら不思議はないな。だが、なぜそれを隠す必要があるんだ。さては……何かやましいことでもあるのかな？

​

白兎：
な、何を仰るんですか。僕がアリスと会ったことを隠して、何のメリットがあるんです？

​

チェシャ猫：
そりゃ、あんたが一番最後に会ってるとなると、一番怪しくなるからに決まってるだろ。……ねえ、ウサギさん。あんたがそのカードを見付けた場所ってさ。崖の下、だったりする？

​

白兎：
？！

​

チェシャ猫：
いや、さあ。俺、あんたからアリスが死んだって聞かされた時、気になったんだよね。あんたが城にいたにしろ、ほっつき歩いていたにしろ、どうしてそんなことをすぐにかぎつけられたんだろうって。アリスとは、偶然の追いかけっこでしか会わないなら、会う約束なんてしてないわけじゃん。

​

帽子屋：
確かに、偶然にしては出来過ぎているな。

​

チェシャ猫：
このあたりで人気が無いのは森の中。それで、俺か帽子屋さんに近い場所なら、どちらかに罪を擦り付けられる。だから、この会合の前に行ったんだよ。あんたがアリスを突き落とした、崖の下に。

​

女王：
ほお。あの子の血が飛び散っている場所を見付けたとな？　少々癪だが、わらわも見たかったものじゃ。

​

チェシャ猫：
いいや。残念ながら、そんなものはどこにもなかった。代わりに、人ひとり入りそうな大きな穴が掘ってあったよ。一度掘って、何かを埋めて、それから掘り返したような形跡があった。

​

帽子屋：
そうか。お嬢さんの死体がカードに変わるまで土の中に隠しておいて、カードに変わったのを見計らってから、また掘り起こしたということか。

​

チェシャ猫：
ご名答。ねえ、俺って、毎晩アリスと会ってたんだよ。でも昨日の夜は待てど暮らせど来なかった。おかしいと思ってたんだ。そしたら今日、あんたからお声がかかったってわけ。なんでも、こうやって俺たちを集めて、彼女が死んだって公表しないと、俺にばれると思ったんでしょ？　そして、あわよくば別の奴に容疑を押し付けて、自分はとんずらしたかったってわけだ。

​

白兎：
ちがう！　……違うんです。何でたらめを言っているんですか？　はは、やだな……。

​

チェシャ猫：
ねえ、なんで殺したの？　俺の、俺たちの大切なアリスを……なんで、殺したの？

 

白兎：
……は、ははは。

​

―（ちょっと間）

​

白兎：
あ～あ、結局こうなっちゃいますか。

​

チェシャ猫：
やっぱり、あんたなんだ。

​

白兎：
……僕だって。僕だって、殺すつもりなんて、なかったんですよ。

​

女王：
貴様……よくも、あの子を！

​

白兎：
だって、おかしいじゃないですか！　彼女は僕のおかげでこの国に来れた。それなのに、僕に会うのは陛下に謁見するついで。たまにすれ違うことはあっても、もう以前のように追いかけて来てはくれない。帽子屋さんのところへ、はたまたチェシャ猫のところへ遊びに行くんだと、嬉しそうに言うんです。

​

帽子屋：
なるほど。嫉妬というわけだな。

​

白兎：
ふふ……皮肉なものですよね。昨日、追いかけられる側だった僕が彼女を追いかけて、とうとう崖の上まで追い詰めたんです。向こうの世界で穴に落ちた時みたいに、また一緒に落ちようと誘いました。でも、彼女は首を振って逃げようとした。その瞬間、僕は我を忘れました。僕以外の人と楽しそうに過ごすなら、彼女がこの国に来た意味なんてない。初めて会った時のように僕を追いかけてくれる彼女でなくては……意味がないんです。向こうの世界とつながっていない空間では、落下したら死ぬこともわかっていました。それでも……僕は。

​

チェシャ猫：
はは～ん。それで突き落としたってわけか。……ちっ。身勝手すぎんだろ。

​

白兎：
うるさい……うるさい、うるさい！　彼女と毎日話していたあなたには、きっと一生わからないでしょうね。

​

女王：
ああ、もったいない。わらわになぜあの子の血を見せてくれなかったのじゃ。あの子の流した赤は、さぞ美しかったであろうに。

​

白兎：
はあ？　嫌に決まってるじゃないですか。僕は、彼女を愛してるんですよ。だから、その血痕も誰にも見つからない様に隠しました。そして、彼女の身体がカードに変わるのを見計らって掘り起こしたんです。これで、彼女は永遠に僕の物になると思いました。でも、困ったことに気付いた。あなたたちに勘づかれたら、きっと面倒なことになる。それなら、いっそのことこうやって集めて、お互いに疑心暗鬼になって殺し合いでもしてくれないかなあ、って思ったんですよ。

​

帽子屋：
お嬢さんを死してまでわが物にしようとは……醜いことこの上ないな。

​

白兎：
もうバレちゃったんなら仕方ないですね。僕はこのカードを持って逃げますよ。どこまでも、あなたたちの手の届かないところまで。だって僕だけはあっちの世界に行けますからね。もしかしたら、あっちの世界にこのカードを持っていけば、彼女は生き返るかもしれません。ふふ……ふふふ。

​

チェシャ猫：
一番まともに見せかけて、狂ってるのはこいつだったか。

​

白兎：
いいんですよ、もう。この勝負は、僕の勝ちなんですから。あなたたちが動いた瞬間に、僕は逃げますよ。僕の逃げ足が速いことは知っているでしょう？　さよなら、愚かな人たち。せいぜいここで指をくわえて見ていて下さい。

​

帽子屋：
（カードを見せる）……残念だが、お前が持っているそのカードはダミーだ。さっき私がすり替えておいた。これが本物のカード。そしてこれを……（カードを引き裂く）

​

白兎：
ああ～！！　なんてことをするんですか！

​

チェシャ猫：
……やっぱ訂正。帽子屋さんの方がイカレてんな。

​

女王：
これであの子のカードも消えてしまった。あの子の血も見ることができなかった。なぜじゃ……なぜじゃ、帽子屋！　ええい、もうわらわ自らの手で、貴様の首をはねるぞ！

​

帽子屋：
いずれこの方法が良かったとわかる日が来るさ。さて、時間だ。お客さんたちには眠ってもらおう。

​

白兎：
ゆるさない！　あなたのことは絶対に……ゆるさ……な……（意識がもうろうとしてくる）

​

チェシャ猫：
な、なんで眠気が……こんな時に限って、くそっ！　あんた、紅茶に何を入れた……？

​

女王：
貴様！　道理でまずいと思ったのじゃ。……よくも、小癪な真似を―

​

帽子屋：

おやすみ。ここは、不思議の国。きっと目覚めたらすべてが悪夢で、現実だったことがわかるよ。さよなら、アリス。いい加減、もうあっちへ帰らなきゃ。君もそろそろ、大人になる時間だ。

​

-FIN-