(宿主):
俺は捕食者だ。そしてアイツは食われる側。いくら泣こうと喚こうと、土下座して詫びようと、無慈悲にも喰らい尽くす。
頭からバリバリとかぶりつき、余すところなく文字通り骨の髄までしゃぶりつくす。カラカラに干からびた脚も、まだ脈打っているあたたかな心臓も、柔らかな皮膚も噛み締め味わい、そうして、コイツらは俺の血となり肉となる。今までも、これからもそうだ。
……そのはず、だった。
いつからだろう。俺の頭の奥から、絶えず声が聞こえるようになったのは。
(寄生者):
『水二、入リタイ』
(宿主):
頭が割れるような耳鳴りに、何の呪いかと薄気味悪くなった。
日増しに音量を増していくその声は、今にも俺を乗っ取ろうとするばかりで、もはや「悪魔の囁き」どころではなくなっていた。
「くっ……なんなんだよ、これ!」
俺、いや俺たちの仲間は水を飲むことこそあれど、水場には深入りしない。この手足はどう考えても水を泳ぐには適さないのだ。故に、これまでは本能的に避けてきた。
なのに、この声はなんだ。俺の脳、そしてその先に繋がっている神経を動かしたがっている。コイツに屈してはいけない。さすれば間違いなくいいように身体を操られ、死んでしまう。実際に経験したことはないものの、全身を水が侵食し呼吸ができなくなるのを想像すると、ぞっとした。
それなのに、同時に懐かしいような感覚もある。全身を水に預けて漂う、あの清々しい心地。
いや。……俺はどうしてそんな感覚を知っているんだ?
水を恐れるのと、水を恋しがるのと、どちらが本当の自分なのか、いよいよわからなくなってくる。
今日もいつもの耳鳴りと頭がぼうっとする嫌な感じがして、気づけば水場まで来ていた。透き通るような水には既に脚が浸っている。
「なんだ……これ。俺は何をしているんだ?」
この先はいけないと思うのに、心躍るような嬉しさがある。相反する思いはまるで、今にも引きちぎれんばかりに両手足を綱引きされているようで、気が狂いそうだった。
「はっ……何を馬鹿なことをしているんだか。こんな身体で泳げるわけないのに。さあ、早く帰らなければ」
今日の獲物もまだ見付けていないのだ。俺は捕食者。働かざる者食うべからずだ。
そう。帰らな…キャ。(途中で寄生者に変貌)
(寄生者):
ひんやりとした水に包まれる。ああ、心地いい。もっと、次は全身が浸るまで。深く、深く沈んでいく。
(宿主):
「何をしてるんだ!早く、陸へ―」
(寄生者):
ああ、うるさい。だがもっと深く浸かれば、この雑音も聞こえなくなるだろう。
『ヤット……帰ッテキタ』
懐かしい。ようやく無事に帰ってこれた。
私は食われる側だ。そしてアイツは食う側。だが……残念ながら、今回ばかりは違ったようだ。
ーFin