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リュシアン:

「騎士の誓い。それは、主(あるじ)への忠誠を、あたかも婚姻のように。」

シエナ:

「騎士道に則(のっと)って、あるじを守り、守らせるために誓う、契約の証。」

 

ー(王宮の離れの一室。シエナとリュシアンが対峙している)

 

リュシアン:

「護衛騎士の任を解くとは、どういうことですか!」

シエナ:

「言葉通りよ。必要ないと言っているの。」

リュシアン:

「しかし……!」

シエナ:

「あんな辺鄙(へんぴ)な所では、誰も私のことなんか気にも留めやしないわよ。」

リュシアン:

「ですが。王族に護衛の一人も付けぬなど、前代未聞ではないですか!」

シエナ:

「私は一人が好きなの。向こうでのんびり過ごすのに、堅物の男が居たんじゃ、ゆっくりできないでしょ?」

リュシアン:

「では、気配を殺すように努力致します。」

シエナ:

「そういう事じゃなくて。……ああもう、しつこいわね。何度言ったらわかるの? 付いてくるな、って言ってるのよ!」

リュシアン:

「そう仰っても、団長と陛下の許可は頂いておりますので。」

シエナ:

「あなた……本気でそう思っているの?」

リュシアン:

「ええ、そうですが。何か問題でも?」

シエナ:
「あなたのこと、調べさせてもらったわ。リュシアン・ブラッドリー卿。代々騎士を輩出する名門ブラッドリー家の次男。性格は実直。真面目で曲がったことは大嫌い。お兄様は次期団長候補。」

リュシアン:
「どこでそれを……」

シエナ:
「自分の護衛騎士のことくらい、調べるでしょう。」

リュシアン:
「自分の?」

シエナ:
「ああ、『予定だった』を入れ忘れてたわ。まだ私は認めたわけではないから。」

リュシアン:
「……。」

シエナ:
「とにかく、それで私なりに考えてみたの。そんな将来有望株が、どうしてよりによって私の護衛騎士になってくれるのか、って。」

リュシアン:
「お褒めいただけるなど恐縮ですが……。それで?」

シエナ:
「あなた、厄介払いされるのよ。私と同じようにね。」

リュシアン:
「……どういうことですか?」

シエナ:
「あなた、お兄様に負けずとも劣らない実力の持ち主らしいじゃない。それもあなたを支持する派閥が出来るくらい。どうやら、それがお兄様の気に触ったみたい
ね。」

リュシアン:
「確かに、兄上とは衝突が多かったですが……それは、考え方が異なるだけです。」

シエナ:
「考え方?」

リュシアン:
「ええ。騎士団では、身分の低い者は冷遇され、雑用を押し付けられておりましたので。これでは実力のある者も、まともに鍛錬の時間が取れない、と進言したところ、兄上は当然のことに生意気を言うな、と……。」

シエナ:
「それは……ひどい話ね。」

リュシアン:
「言ったところで変わるはずもありませんでした。俺は、王国騎士団に入ったからには、弱きを助け強きをくじき、民を守りたい、と。―そう思っていました。ですが、なかなか……理想だけでは、上手くいかないものですね。」

シエナ:
「あなたもお気の毒ね。あんな辺境に飛ばされたら、間違いなく簡単には戻って来られないでしょうに。出世街道から確実に外れるんだから、護衛騎士とは名ばかりの『左遷』というやつかしら?」

リュシアン:
「いえ。俺にとって、あなたの騎士になれるのは名誉なことです。」

シエナ:
「名誉、ねえ。それ、私のことがわかって言っているの? もうすぐ辺境に飛ばされる十三人目の王女の護衛なんて、誰が喜んでやりたがるのかしら。」

リュシアン:
「もちろん。あなたのことはよく存じ上げております。」

シエナ:
「……え?」

リュシアン:
「シエナ・ヴェルレーヌ殿下。アレス王国・第十三王女殿下であられる。側室であった母君は伯爵令嬢で、若くしてお亡くなりになった。」

シエナ:
「……。」

リュシアン:
「違いましたか?」

シエナ:
「ええ、そうよ。確かに、私はこの不吉な数字と母の後ろ盾が無いせいで、この王宮の片隅でひっそりと生きてきたわ。でもそれも、もうすぐおしまい。私のために与えられたこの離れも、兄のお妃様のものになるらしいわ。だから、邪魔者の私は体良く追い出されるってわけよ。」

リュシアン:
「代わりにあの東の辺境へ行かれる、ということですか。」

シエナ:
「調べてみたけど、ロシェルは落ち着いた田舎らしいわ。元辺境伯から譲り受けた、古いお屋敷があるんですって。侍女を一人連れて行けるだけでも、有難いと思わなくちゃね。」

リュシアン:
「護衛騎士も。」

シエナ:
「……え?」

リュシアン:
「護衛騎士も、連れて行くことができます。」

シエナ:
「……。」

リュシアン:
「確かに、任命の儀式も何も無いのは不自然ですが。そんなものは形だけのことですので、姫様さえよろしければ気にしません。俺は、あなたの騎士になりたいのです。」

シエナ:
「そんなの……。どうしてそんなに、こだわるのよ。」

リュシアン:
「姫様はお優しいですね。俺のことばかりを案じていらっしゃる。騎士にとってお守りするレディがいるのは、何よりも光栄なことではありませんか。」

シエナ:
「……辺境へ飛ばされるのよ。」

リュシアン:
「構いません。」

シエナ:
「すぐには戻ってこられない所よ。」

リュシアン:
「存じております。」

シエナ:
「ひょっとしたら給金だって出ないかも。」

リュシアン:
「住むところがあればどうにでもなります。」

シエナ:
「見知らぬ小娘の護衛をさせられるなんて、屈辱じゃない?」

リュシアン:
「まさか。」

シエナ:
「それは、私が一応の王女だから?」

リュシアン:
「それは……そうです。あなたは王女殿下であられる方ですから、護衛がいるのは当然のことです。」

シエナ:
「まあ、そう……よね。」

リュシアン:
「姫様?」

シエナ:
「ごめんなさい、困らせるつもりはなかったの。ただ、私の境遇に同情しているだけなら、来てもらう必要はないから。」

リュシアン:
「それは、違います! 俺は、姫様……あなたを真にお守りしたいと思って、自ら望んでいるのです。」

シエナ:
「……ブラッドリー卿。私には、あなたのような素晴らしい騎士に守って貰えるような価値はないわ。」

リュシアン:
「いいえ。滅相もございません。」

シエナ:
「……卑屈で嫌になってきたでしょ。」

リュシアン:
「まさか。姫様はもう少しご自身に誇りをお持ちください。」

シエナ:
「……。」

リュシアン:
「姫様、覚えていらっしゃいますか? 初めてお会いしたときのことを。」

シエナ:
「え? 私、あなたとどこかで?」

リュシアン:
「あなたが覚えておられなくても無理はありません。俺が入団したばかりの頃、剣術大会があったんです。俺はその時、兄上の部下と戦って、接戦でしたが負けました。」

シエナ:
「もしかして、あなた、あの時の……?」

リュシアン:
「そうです。王女殿下方が並ばれて、勲章を授与される時……姫様だけが俺の前に来られて、勲章をお与えくださいました。」

シエナ:
「あれは、あのゴロツキが悪いのよ。足でひっかけて転ばせようなんて、戦い方が汚すぎるわ。」

リュシアン:
「確かに、騎士らしくない戦い方ではありましたが……仕方ありません。負けは負けですから。」

シエナ:
「我慢ならなかったのよ。お姉様たちがあの騎士に勲章を授けているのを見て、あなたにないのはおかしいと思って。隅で大人しくしてる予定だったけど、気づいたらあなたに渡していたわ。後でめちゃくちゃ叱られたけど。あの頃の私は、馬鹿だったから……。」

リュシアン:
「そんなことはありません。正しくあろうとしても認められないこともあるのに、あなたはそれを見過ごさないでいてくれた。それだけで俺には十分です。俺は、あの瞬間からあなたにお仕え出来たらどんなに幸せだろう、と思ったのです。」

シエナ:
「あんなことで?」

リュシアン:
「俺にとっては一大事です。」

シエナ:
「あなたは本当に……単純なのね。」

リュシアン:
「ありがとうございます。」

シエナ:
「褒めてないわよ。でも……いいわ。そこまで言うなら、私の騎士にしてあげる。」

リュシアン:
「よろしいのですか?」

シエナ:
「どうなっても知らないわよ。」

リュシアン:
「ありがとうございます……!」

シエナ:
「はあ……。あなたも物好きよね。」

リュシアン:
「では、姫様。俺の剣をお取りください。」

シエナ:
「……剣? え、ええ。」

リュシアン:
「それを、俺の肩に載せてください。」


ー(リュシアンに促され、シエナは剣の刃を彼の肩に載せる)


シエナ:
「んっと、重いわね。あなた、いつもこんなものを振り回してるの?」

リュシアン:
「姫様には重いですが、もう少しご辛抱ください。
……それから、手を。」

シエナ:
「手?」

リュシアン:
「はい。お手を。」


ー(リュシアン、シエナの手のひらを自分の額に押し当てる)


シエナ:
「……っ?! えっと、あの、これは……?!」

リュシアン:
「誓わせてください。今、ここで。」

シエナ:
「『騎士の誓い』と言うやつかしら? 私もあまりよくわかっていないのだけれど。」

リュシアン:
「構いません。」

シエナ:……わかったわ。
「『汝、リュシアン・ブラッドリーは、あるじとなるシエナ・ヴェルレーヌに対し、謙虚であり、誠実であり』」

リュシアン:
「『礼儀を守り、裏切ることなく、欺くことなく、弱者には優しく、強者には勇ましく』」

シエナ:
「『己の品位を高め、堂々と振る舞い、民を守る盾となり、あるじの敵を討つ矛となり、騎士である身を忘れず』」

リュシアン:
「『この命尽きるまで、あるじにお仕えし、あるじをお守りすることを、剣に誓います。』」

シエナ:
「『その誓い、確かに聞き届けました。仕えることを許しましょう。』
……これでいいのかしら?」

リュシアン:
「はい。これで俺はあなたの騎士です。」

シエナ:
「ふふっ。まさか私に騎士がつくなんて……不思議なものね。まあ、いい番犬を手に入れた、とでも思っておくことにするわ。」

リュシアン:
「ええ。俺はいつでもあなたの味方ですから。」

シエナ:
「心強いわね、護衛騎士さま。」

リュシアン:
「俺はこの命にかけて、あなたをお守りします。それが俺の正義で、俺の生きる理由ですから。」

シエナ:
「……あの。一つ、お願いがあるの。」

リュシアン:
「願い……ですか?」

シエナ:
「私のために、というのは勿論ありがたいけれど。でも、自分の命も大切にする、と約束して。」

リュシアン:
「それは……ご命令ですか?」

シエナ:
「最初に言ったでしょ。お願い、だって。」

リュシアン:
「それは……難しい『お願い』ですね。」

シエナ:
「私の為にあなたが死んだら、目覚めが悪いのよ。だからこれは、私のためのお願いなの。」

リュシアン:
「姫様のため、ですか。」

シエナ:
「ええ、そうよ。私を守って、あなたにも生きていて欲しいの。」

リュシアン:
「……わかりました。努力はしますが、だからと言って手を抜いたりはしません。俺は、本気で命を懸けたい、と思っていますから。」

シエナ:
「本当に真面目なんだから。……でも、ありがとう。頼りにしているわ。これから、よろしくね。」

リュシアン:
「はい。どうか、末永くよろしくお願い致します。」


ー(間)


シエナ:

「これは、一人の騎士がその身を捧げた、」

リュシアン:

「『誓いの叙景詩(ワスフ)』」。


ー(Fin)

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