セイレーンは誰だ
~深海より恨みを込めて~
【あらすじ】
極道組織「深見組」の若衆・愛蔵が身動きの取れない状態で目覚めると、「セイレーン」と名乗るおかしな者たちに囲まれていた。
意味不明な昔話をする子供、やたらと掃除したがる偏屈者、そしてすべてを見透かしたような長。どうやら、なぞかけに答えなければいけないらしい。
―「セイレーンの肉を喰らった人間は不死となるが、逆にセイレーンが人間を喰らえばどうなるか」。果たして彼はなぞかけに答え、暗闇から脱出することができるのか。
✄-------------------✄
20~30分程度。
・性転換→×
※但し、演者の性別は問いません。
・一人称、口調、語尾等変更→○
・アドリブ→キャラクターのイメージを大きく損なわない程度であれば〇
◇登場人物◇
犬飼愛蔵:
(いぬかい・あいぞう)(男性)
人間。海辺のヤクザ「深見組(ふかみぐみ)」の下っ端。三十代だが、強面のため老けて見られることを気にしている。自分を育ててくれた組長を尊敬しており、関西弁もその真似である。よく喋りノリがよい反面、罪悪感が麻痺しており、死体を見慣れた残酷な一面も持つ。剽軽だが勘は鋭い。
ラビス?:
(性別不問)
人外。最年少者らしい。子供っぽく馴れ馴れしい口調で、平気で失礼なことを言ったり、煽ったりする。無邪気でどこか憎めない。物騒な昔話を作ったり、人間をからかうのが大好き。
アルマ?:
(性別不問)
人外。几帳面で常に汚れを気にしている潔癖症。ラビス相手には強気な物言いをする。偏屈で、人間のことは大嫌い。せっかちで一番の大食いでもある。実は多重人格者。時々人間の概念がわからなくなったり、他人の人格が出てきたりする。
ルセリー?:
(女性)
人外。麗しい見た目と言われている。最年長者らしく、古風な口調ですべてを知っているかのような物言いをする。すべてを超越した存在。意味不明な言動やなぞかけをするが、本人にその自覚はない。ラビスとアルマを従えている。
✂-----------------------------------------------------✂
犬飼愛蔵:
生まれた時から、お袋は狂っていた。「セイレイが呼んでいるの。早く行かなくちゃ。待ってて、あれを取ってくる。」だから、うわ言を呟きながら入水して死んだと聞かされた時も、何も驚かなかった。
ルセリー:
「ではそなたに、我らからなぞかけをしようではないか。人間がセイレーンを食らえば不死となろう。されど、セイレーンが人の肉を喰らえば……どうなるであろうな。」
ー間
犬飼愛蔵:
「はあー。どこや、ここ。真っ暗で何も見えへんな。チクショー、とんだヘマや。捕まっちまうなんてアホやったなあ。しっかし体が重いのお。気を失ってる間に拷問でもされたんか? あちこち肩がこってしゃーないわ。」
ラビス:
「はいはーい。即死する!」
アルマ:
「それじゃ僕らも死んじまうだろ。」
ラビス:
「うーん。長生きというわけでもなさそうだよね。ねー、難しいよお。もっとわかるように教えて!」
ルセリー:
「残念。ほれ、時間じゃ。」
アルマ:
「おっ。あいつ目が覚めたんですか?」
ラビス:
「おお! どんぶらこ!」
犬飼愛蔵:
「……は? なんて?」
ラビス:
「昔々あるところに、もうろくジジイともうろくババアがおりました。ジジイは街へ命を狩りに行き、ババアは海で命の洗濯をしていると、どんぶらこっこどんぶらこっことドラム缶が流れてきました。」
アルマ:
「やれやれ、どこから突っ込めばいいんだか。」
ラビス:
「開けてみると、あらビックリ! 中から強面のオヤジが出てきましたとさ。めでたしめでたし。」
犬飼愛蔵:
「なんや、けったいな昔話やな。どこがめでたいんねん。……俺の知っとる話とちゃうな。さてはここ、今流行りの異世界っちゅうやつか?」
ラビス:
「じゃーん! それがおめえです。おっちゃん。」
犬飼愛蔵:
「はあ?! ドラム缶のオヤジて……俺のことかいな?! どこがおっちゃんやねん!」
アルマ:
「他に誰がいるんですかね。」
犬飼愛蔵:
「あんなあ! こう見えてもまだ三十代……ちゅーか、なんやねん自分ら。」
アルマ:
「どうしたんです? ドラム缶から生まれたお兄さん。」
犬飼愛蔵:
「……もしかして、俺ほんまにドラム缶に入っとったんか?」
アルマ:
「そうですが。」
犬飼愛蔵:
「今どきまだそんなことあるんやな。うわー、ほんまかいな……」
ルセリー:
「惚けるのは早いぞ、人間の男。そなた、どこから来たのじゃ。」
犬飼愛蔵:
「自分らこそなんやねん。突然現れてどんぶらこだのなんだの。敵かもしれねえやつにぺらぺら話すわけないやろ。頭沸いとるんとちゃうか?」
ルセリー:
「なるほど。そなたには敵対する者がおるのじゃな。」
犬飼愛蔵:
「はん、どうやろな。」
ラビス:
「おっちゃん、早く吐いて楽になりなよ。カツ丼デリバリーで頼むか? まあこんなとこまではさすがに来ないけど。」
犬飼愛蔵:
「そないに辺鄙(へんぴ)なところなんか? せや、名乗るなら自分らから名乗ったらどうや?」
アルマ:
「それで、あんたが口を割る保証もないですよね。」
犬飼愛蔵:
「……。」
アルマ:
「どうします? 姉さん。こいつ、始末しときます?」
犬飼愛蔵:
「やっぱ自分ら、そのスジのもんかいな。」
アルマ:
「どうでしょうね。僕はただ落ちてきたゴミを綺麗に掃除したいだけなので。」
犬飼愛蔵:
「初対面の人間をゴミ扱いすんなや。
(独り言)……しかしあかんな。こいつは掃除屋? っちゅうことは、殺し屋組織なんやろか。こりゃただもんじゃなさそうやな。
……自分ら、どこの組や。」
ルセリー:
「組? ほっほっほ。面白いことをのたまうのう。」
犬飼愛蔵:
「カタギでは無いやろ?」
ラビス:
「かたぎ? かたあげ? せんべい?」
アルマ:
「違う。こいつたぶんヤクザだろ。だからドラム缶に詰められて流れてきたんだよ。」
犬飼愛蔵:
「ふん、お見通しってわけやな。せやけど、カタギでも礼儀ってもんはあるやろ。俺は深見組の若衆、犬飼愛蔵や。とっとと自分の名を名乗らんかい!」
ラビス:
「ラビス。」
アルマ:
「アルマ。」
ルセリー:
「ルセリー。」
犬飼愛蔵:
「……自分ら外人さんかいな? その割にはペラペラやけど。コードネームなん?」
ルセリー:
「そう思ってくれて構わぬぞ。我らは便宜上、互いのことをそう呼んでおるというだけじゃ。」
犬飼愛蔵:
「ますますおかしな集団やな。……ほんで、俺をどうするつもりや。」
アルマ:
「姉さん、こいつ完全に誤解してますけど。」
ラビス:
「あたいはせっかくだからおっちゃんと遊びたい。ねぇねぇ遊ぼうよ。いつものなぞなぞしてさ!」
犬飼愛蔵:
「だー、やかましいわ、クソガキ! んで、ボスはそっちの偉そうなねーちゃんか?」
ルセリー:
「ボス……頭領のことか。さよう。」
犬飼愛蔵:
「自分らの目的はなんや。」
ルセリー:
「面白いことを申すのお、若造。ならば、我らに手を貸すなら答えてやらんでもない。」
犬飼愛蔵:
「はあ?」
ルセリー:
「我らは、『セイレーン』じゃ。」
犬飼愛蔵:
「『セイレーン』? ……って、綺麗な歌声で人間を騙して海に引きずり込むっちゅう、あの……?」
ルセリー:
「さよう。」
犬飼愛蔵:
「冗談にしてももっと他にあるやろ。んなアホな。」
ルセリー:
「そなたは存じておるはずじゃ。少なくともここにおる何人かは、そなたのことを存じておろうぞ。」
犬飼愛蔵:
「は? 何人か、って他に二人しかおらんやろ。何言うてんねん。」
ルセリー:
「して、古くよりセイレーンの肉を食らえば、永遠の命を得るとも言われておる。」
犬飼愛蔵:
「なんやそれ。聞いたことないわ。もしかして、人魚と混ざっとるんとちゃうか?」
ルセリー:
「セイレーンはなぞかけをし、答えられなかった人間を喰らう。さて、ここで問題じゃ。先程人間がセイレーンを食らえば不死になると言ったが……逆に、セイレーンが人間の肉を喰らえばどうなるであろうな。この答えを突き止めれば、我らについての全てを教えてやろう。」
犬飼愛蔵:
「もし答えられん時は―」
ラビス:
「その時はあたいらがおっちゃんを食う。」
犬飼愛蔵:
「はあ? 何やそれ。真面目に言うとるんか?」
アルマ:
「ここに冗談を言うような者はいないですよ。」
犬飼愛蔵:
「闇組織の上に、全員カニバリストかいな……」
ルセリー:
「しばし時間をやろう。その間に突き止めるのじゃ。」
犬飼愛蔵:
「人間を食ったセイレーンはどうなるか……やったな?」
ルセリー:
「ふむ。それだけでは哀れだからの。そなたから、問題を解く上で必要となる質問を許そう。ただし、我ら一人につきひとつだけじゃ。要するに合わせて三つまでしか聞けぬ。」
ラビス:
「おっちゃん、なんでも聞いてねー。」
アルマ:
「僕はこんなゴミさっさと片したいですけどね。」
犬飼愛蔵:
「闇組織だがセイレーンだか知らんけど。要は自分らが人間を食ったらどうなるか、わかればええんやろ?」
ルセリー:
「さよう。セイレーンはなぞかけこそ生き甲斐。」
犬飼愛蔵:
「……いつまでもここでこうしてちゃ、おやっさんにも申し訳が立たねえ。やってやろうやないの。カニバリストのセイレーンさんよ!」
ー間
ー(親分との会話の回想)
犬飼愛蔵:
「消失の海溝……ですかい。そこに持ってけばええんですね? ……この世とあの世の狭間? せやけど、ただの海溝なんですよね? ああ。なるほど……ゴミ捨て場ですかい。確かにブツの処理にはもってこいかもしれやせん。現場の痕跡も、死体も。なにも、残らないんやから。」
ー間
犬飼愛蔵:
「じゃあそこのクソガ……ちびっ子。」
ラビス:
「はいはーい、なあに?」
犬飼愛蔵:
「ここは、どこや。」
ラビス:
「えー? それ言ったら答えになっちゃうもん。」
犬飼愛蔵:
「ほんなら、質問を変えるわ。なんでここはこんなに暗いんや? 誰の顔もはっきりと見えんけど。」
ラビス:
「そんなの気にしたこと無かったなあ。」
アルマ:
「あんたもここにいたら、じきに慣れますよ。」
犬飼愛蔵:
「何やと?」
ラビス:
「ここにはねー、たまーにおっちゃんみたいなのが来るの。そしたら、みんな喜んで大歓迎。大事なお客様だからね。もちろんいなくても生きていけるけど、やっぱりあった方が嬉しい、っていうかさ。」
アルマ:
「理解できないな。ゴミが増えるだけじゃないか。」
犬飼愛蔵:
「……客? 居なくてもいい? 何のことやろか。」
ラビス:
「他に聞きたいことはー?」
ルセリー:
「ラビス。質問に答えられるのは、一人につき一つまで。そなたの番はしまいじゃ。」
ラビス:
「ちぇっ、つまんないのー。」
犬飼愛蔵:
「わかるどころかますますややこしくなっただけやったな。」
アルマ:
「じゃあ次は、僕の番ですね。」
犬飼愛蔵:
「ちょいと待ちや。ちっとばかし、考える時間が欲しいんやけど。あと二つしか質問できないんやろ?」
アルマ:
「そうですね。」
犬飼愛蔵:
「俺はドラム缶に入れられて、真っ暗なとこまで転がされてきたんか? いや、あん時確かに船に乗ったはずや。おやっさんにいつもの仕事を頼まれて、ほんで……」
アルマ:
「掃除したいんで。早くしてもらえます?」
犬飼愛蔵:
「なんや、あんちゃんせっかちやな。こちとら生死がかかっとるんやで。」
アルマ:
「僕の知ったことじゃないです。で、何が聞きたいんです?」
犬飼愛蔵:
「せやな。……こいつらの正体、突き止めなあかんもんな。せやけど、ここがどこかもようわからんし……」
アルマ:
「時間は有限ですよ。ここで流れる時間は長いですが、あんたが居た地と同じように平等に夜は来ます。」
犬飼愛蔵:
「俺が、おった?」
アルマ:
「あまり余計な話をして時間を無駄にしたくないんですよ。この汚い所を早く綺麗にしたいんですから。」
犬飼愛蔵:
「へいへい。ほんなら―自分は幾つや?」
アルマ:
「幾つ……年齢のことでしょうか。」
犬飼愛蔵:
「せや。他に何があんねん。」
アルマ:
「……(呟く)僕は25歳。彼は46歳。彼女は56歳。あの人は12歳。この場合全て足せばいいのでしょうか。でもそうしたらとんでもない年数になってしまう。では、平均年齢?」
犬飼愛蔵:
「さっきから何をブツブツ言っとるんや。気色悪いで?」
アルマ:
「すみませんが、質問を変えていただけませんか?」
犬飼愛蔵:
「なんやと?! 歳ぐらい別にええやろ。年頃の女でもあらへんし、トップシークレットでもないやろ。ほんなら、スリーサイズなら答えてくれるんか?」
アルマ:
「スリーサイズ……で、よろしいんですか?」
犬飼愛蔵:
「アホか。自分のスリーサイズ知ったところで、セイレーンがどうとかいうのが分かるわけないやろ。」
アルマ:
「では―」
犬飼愛蔵:
「ああもうしゃらくせえな。なんやねん、アイドルばりのNG事項のオンパレードやんけ。なんでも聞いてええ言うたんはそっちやで?」
アルマ:
「何でもとは言ってないですよ。言ったのはラビスだけです。」
犬飼愛蔵:
「あちゃー、しもうたな。」
ラビス:
「おっちゃん、そんなカリカリしないでよー。血管切れて死ぬよー?」
犬飼愛蔵:
「やかましいわ、クソガキ!」
ルセリー:
「ほほ。悩むが良い。そなたに許された質問はあと二つ。我らもできる限り答えようぞ。」
犬飼愛蔵:
「歳はできる限りに入らんのやな。」
ルセリー:
「我らの正体に繋がるものはそう容易く答えられぬのじゃ。察せ。」
犬飼愛蔵:
「邪魔くさいなあ。せやけどひとつ分かったわ。歳が正体に関連してるっちゅーことやろ? ……ああ? 声は若いけど老人ってことかいな。んな、アホな。」
ラビス:
「で、あっちゃんへの質問はどうするのー?」
犬飼愛蔵:
「……自分の仕事は?」
アルマ:
「そんな簡単なことでいいんですか? 掃除屋です。」
犬飼愛蔵:
「清掃員っちゅーことかいな。」
アルマ:
「まあそうですね。僕にかかればどんなものでも綺麗にしてみせますよ。
(別人のような口調で)『……ちげえな。俺は掃除屋じゃねえ。土建屋だ。』」
犬飼愛蔵:
「あん?」
アルマ:
「(別人?)『掃除屋つーのはこいつの仕事だろ。俺は土建屋で、ヤクザだ。』」
犬飼愛蔵:
「あんちゃん頭おかしくなったんかいな? 口調も喋り方もさっきと全然ちゃうやんけ。」
アルマ:
「(別人?)『俺のことを忘れたのか? 俺は…アサヤマ組、組員の安藤だ。』(元に戻る)……っ。なんでもありません。今は黙っててください。」
犬飼愛蔵:
「何や。あんちゃん、もしかして二重人格かいな。」
アルマ:
「放っておいてください。答えたんですから、もう質問はいいでしょう。」
ラビス:
「あっちゃん、どしたのー? もしかしてまたあれが出てきちゃった?」
アルマ:
「黙れラビス。」
ラビス:
「あたいもヤクザのおっちゃんとお話したいなー。」
アルマ:
「黙れって言ってんだろ! ほっときゃ治る。……とにかく、今のことは気にしないでください。」
犬飼愛蔵:
「はあ? ……浅山組の安藤? どっかで聞き覚えがあるな。あれは確か……」
ー間
ー(組員との会話の回想)
犬飼愛蔵:
「今度の仏さんはなんちゅー奴や? ……へえ、そんなえらいことが。ま、俺には知ったこっちゃないわな。そう思わないとやってられんもん。ほな、いつも通り……沈めよか。」
ー間
ルセリー:
「アルマ! そなたはもう言葉を発するでない。さて、最後はわらわの番じゃ。」
犬飼愛蔵:
「いよいよラスボスのお出ましっちゅうやつやな。ほな。……自分ら、人間ではないやろ。」
ルセリー:
「それは質問かの?」
犬飼愛蔵:
「おっと、おっかないのお。……今のは確認や。自分らは人間やない。人間やったらこんな海の底におれるはずないもんな。……てことは、俺も死んどるんとちゃうか? 最初にドラム缶て言うてたし。」
ラビス:
「ああー! そっか、あたいが! しまったしまった、やっちまったよー。ごめんよ、るーちゃん……!」
犬飼愛蔵:
「夢でもなんでもええけど、意識あるまま食われるのはごめんやな。……自分ら、深海魚とでも言うんかいな。」
アルマ:
「姉さん! 何か言ってくださいよ。」
ルセリー:
「……構わぬ。続けろ。」
犬飼愛蔵:
「ここは俺が仕事で仏さんを沈めとった……消失の海溝、なんやろ?」
ルセリー:
「それがわかったところで、そなたは質問に答えたことにはならぬ。我らはセイレーンじゃ。我らが人を喰らえばどうなるか。その答えを聞いておらぬぞ。」
犬飼愛蔵:
「否定しないんかいな。ほんなら……自分らセイレーン、ちゅーのは、死者の霊魂の集合体みたいなもんや。ほんでもって、俺がこれまで海の底へ沈めてきた死体を食って、死者の記憶を取り入れてきたんやろな。自分らは……俺に沈められた奴らの恨みでも晴らしたかったんか?」
ルセリー:
「(朦朧と)『セイレイが呼んでいるの。』」
犬飼愛蔵:
「っ?!」
ルセリー:
「(朦朧と)『早く行かなくちゃ。お前もおいで、愛蔵。』」
犬飼愛蔵:
「おふくろ……?! せや、セイレイって……セイレーンのことやったんか?!」
ルセリー:
「(元に戻る)やはりこれはそなたの肉親であるか。」
アルマ:
「さすが姉さん、お上手ですね。」
ルセリー:
「そなたはところ構わず食い散らかすからの。そのうち狂い果ててしまうぞよ。」
アルマ:
「気をつけます。」
ルセリー:
「して、若造。いや愛蔵。正解じゃ。」
ラビス:
「ぴんぽんぴんぽーん。おめでとう! だいたい合ってる!」
犬飼愛蔵:
「だいたい、やと?」
ルセリー:
「時に、人間の創始は海の中と聞く。海で生まれた人間の先祖は陸に上がったが、我らは海に留まった。」
犬飼愛蔵:
「なんやそれ。海にいる人間もどき、てことかいな?」
ルセリー:
「セイレーンは原始の人間の源じゃ。して、生物としての形を保つために、海に生きるほかの生き物らの姿を借りる他なかった。時には人間の死骸も喰らううちに、 我らはその生き様を受け継いでいった。そのうちに、自らを地上の人間と錯覚するようになり……己の醜さに耐えきれず、息絶えていった者も多くおる。」
ラビス:
「まあ、ペったんにして言えば共食いしてるってことだもんねー。」
ルセリー:
「愛蔵。そなたはなぜこんなにも多くの人間を海に沈めたのじゃ。」
犬飼愛蔵:
「……生きるためや。」
アルマ:
「生きる、ため? それはあんたがヤクザだからですか?」
犬飼愛蔵:
「せや。深見組は、泣く子も黙る海のヤクザや。そこで生き抜くためには、組の仕事をせにゃならんかった。」
ラビス:
「えー? 嫌なら、逃げちゃえばいいじゃん。」
犬飼愛蔵:
「おやっさんには恩があったんや。その昔、海に漂ってたお袋を、腹ん中にいた俺ごと救ってもらった。……俺はおやっさんに育てられたようなもんや。他の道なんか知らんかった。」
ルセリー:
「海に漂っていた女……か。もしや。……うむ、覚えがあるのお。」
犬飼愛蔵:
「おふくろは、有名な政治家の愛人やった、っちゅう話や。何かまずいこと聞いて、お腹の子供ごと消そうと海に投げ込まれたんやろ。おかげであの人は廃人やった。俺を産んでからも、いつも海を見てぶつぶつ言っとった。」
ラビス:
「ねえ、あっちゃん。おっちゃんはなんで、ここにいても平気なんだろーねー?」
犬飼愛蔵:
「……あ?」
アルマ:
「たしかに。普通の人間なら、ここにたどり着く頃にはもう死んで、でかいゴミになってるからな。」
ラビス:
「さっきは答えられなかったけどさー、ここって深海なんだよ。あたいらも深海魚の形を取って生きてる。だから、ここで生きてられるってことは、人間やめてないとおかしいんだよねー。」
ルセリー:
「それには心当たりがあるの。そなた、先程母親について話しておったが……胎児だった頃にセイレーンの残滓が宿ったか、はたまたそなたの母親が我らの仲間であったか。そのどちらかであろうな。」
犬飼愛蔵:
「はっ?!」
ラビス:
「なるほどーそれなら納得だね! でもでも、おっちゃん、普通の人間に……いや、もう、見えないね。」
アルマ:
「そうだな。こいつはもう―」
犬飼愛蔵:
「話が見えんな。確かにここが深海なら、俺はとっくに死んどるはずや。ほんなら、これは夢なんか?」
ルセリー:
「そうよのお、……『ラブカ』。」
犬飼愛蔵:
「……『ラブ』? おい、なんでその呼び方を知っとるんや。そいつは、おやっさんが付けてくれた愛称なんや!」
ルセリー:
「いや、違うのお。そなたはラブカ。我らの仲間であろう?」
アルマ:
「じゃあ、掃除もできないのですね。……残念です。」
ラビス:
「やったやったー!おっちゃん、これからいっぱい遊べるね!」
犬飼愛蔵:
「何をわけわからんことを言うてんねん。俺は人間や。もう組に戻らな―」
ルセリー:
「戻る? その身体で?」
犬飼愛蔵:
「……?(異変に気づく)身動き、取れへんとは思っとったけど……ああ?! なんや、これは! 手も足もないやん! 俺……なんで化け物になっとるんや?!」
ラビス:
「あたいは気付いてたよ、人間ならここに着く頃にはもっとぶくぶくしてるもん!」
アルマ:
「これで同じ海の底、か。……皮肉なものだな。犯した罪を悔いるがいい。」
犬飼愛蔵:
「ちょいと待ちや。ほんなら……誰が俺をドラム缶に入れて沈めたんや?」
ラビス:
「可哀想なおっちゃん。いい加減、現実見ようよ。」
ルセリー:
「そなたの帰る場所はない。ここが、そなたの居場所じゃ。」
犬飼愛蔵:
「アホ抜かせ! 俺はまだおやっさんに頼まれとったことがある。やらなあかんことがぎょうさんあるんや!」
ラビス:
「ええー? おやっさんて人、おっちゃんがいらなくなったから海に沈めたんでしょ? そうやって身近な人に命令したんだよ。」
犬飼愛蔵:
「……なんやと?! そないなことおやっさんがするわけが―」
アルマ:
「してなかったらここに居るはずないですよね。」
犬飼愛蔵:
「畜生、嘘やろ! せや、これはやっぱ夢や……悪夢なんや!」
ラビス:
「大丈夫、あたいらが慰めてあげるから。」
アルマ:
「食い扶持が減るのはいただけないですが、まあいいでしょう。」
犬飼愛蔵:
「……帰せ。俺を元の場所へ帰せ!」
アルマ:
「仮に帰ったところで、きっと歓迎はされませんよ。あんたの代わりなんて、いくらでもいそうですし。」
犬飼愛蔵:
「……。」
アルマ:
「死体処理なんて誰にでも出来ることです。」
犬飼愛蔵:
「やかましいわっ、ええ加減にせい! そないなこと―」
ルセリー:
「セイレーンはそなたじゃ。そなたはこれから、我らと同じように、海の藻屑となった哀れな仲間を喰らい、生きるのじゃ。」
犬飼愛蔵:
「俺がセイレーン? 有り得ん。そんなわけないやろ。おい、はよおここから出せや! 身体が動かへんのや!」
ルセリー:
「じきにその身体にも慣れるであろう。」
ラビス:
「もう遅いって。無理無理、逃げられないよ。」
アルマ:
「あんたは、ここで僕たちと一緒に暮らすんですよ。人の自我を保ったまま、あなたもセイレーンになるのです。」
犬飼愛蔵:
「っ?! ……嫌や。認めん。俺は認めん。自分らみたいな化け物にはならん! 帰せ……! はよ、元に戻せ!!」
ー間
ルセリー:
「人間にセイレーンを喰らうことはできぬ。われらは永遠に、一方的に、水底へ沈む人間を喰らい続けるのじゃ。はてさて、人間になり損ねた者らが、深海ではまことの人間となれるのか……見ものじゃの。」
ーFin