生徒:
せんせ。いる?
先生:
あら、またあなた? 前々から言っているけれど、ここは具合の悪い生徒が来るところなのよ。あなたみたいな健康体が、遊びで来るようなところじゃないの。
生徒:
えっと~……今日は、一応怪我してるんだけれど。
先生:
なっ?! どうしたの。頬が真っ赤で口が切れてるじゃない。いいから、早く来なさい。消毒するわよ。少し染みるけど、我慢しなさいね。
生徒:
ってて……。
先生:
こら、ちゃんとこっち向いて。触るけれど、いいかしら。……あら? さっきより頬が赤くなっているわね。もしかして、熱まである?
生徒:
うわっ?! ちょ、ちょっと、せんせ。ち、近いって!
先生:
そんなにのけぞらなくてもいいじゃない。今は他に寝てる生徒はいないからいいけど、保健室では静かにすること。いいわね? 先生との約束よ。わかった?
生徒:
お、おう……。そっか。じゃあ、俺とせんせは今、二人っきりってことか。(小声)へへっ。なんか、怪我してラッキーだったかも。
先生:
ん? 何か言ったかしら?
生徒:
い、いや。なんでもねえよ。
ー(少し間)
生徒:
せんせ。何があったか、聞かねえんだな。
先生:
あら。もしかして聞いてほしかった?
生徒:
べっ、別にそんなんじゃねえけど。
先生:
もうちょっとで終わるからね。はい、これ保冷材。しばらくこれで冷やしておくといいわ。
生徒:
ん。サンキュー。
ー(少し間)
生徒:
あの、さ。……今日、さ。絡まれたんだよ。またいつもみたいに。俺って、この見た目で勘違いされやすいからさ。
先生:
まあ、そうだったの。なんて言われたの?
生徒:
別に。いつもみたいにバカバカしい、下らねえことだよ。でも、弟のことを悪く言われて……不登校だとか引きこもりだとか、根暗だとか。俺、我慢できなくて。気が付いたら、殴ってた。
先生:
えっ?! な、殴ったって―
生徒:
壁を、な。そしたら向こうが調子に乗って、顔をぶん殴ってきてさ。ちょうどそこを担任が通りかかって、そいつは逃げてった。結局、俺は絡まれただけで、あっちが悪いことはわかってくれたから、早く保健室に行けって言われて来たんだけど。
先生:
殴り返さなかったのね。えらいじゃない。
生徒:
だって、せんせが前に言ってたじゃん。先に手を出したら負けだって。どんなに頭に来ても、殴り掛かったら相手と同レベルになっちまう、って。
先生:
あら、そうだったかしら。よく覚えているわね。あれはまだ、あなたが一年の頃だったかしらね。
生徒:
そうそう。三年の不良に絡まれて、俺がカッとなって殴っちまって……。せんせがあの時、間に入ってくれなかったら、俺はきっと退学になってたな。
先生:
そんなこともあったわね。あの頃は大変だったけれど……ふふっ。今となっては懐かしいわね。あれから、あなたが手を出すことはなくなったのよね。
生徒:
そうだな。それに、他の奴らがあんたに手当てされてるのを見るのは、なんつーか……癪だし。
先生:
ふふっ。それはどういう意味かしら?
生徒:
そ、そのまんまの意味だよ! だって、こうして怪我すれば、堂々と保健室へ行けて、あんたに近づけるじゃん?
先生:
まさかとは思うけれど……あなた、わざと殴られるように仕向けてるわけじゃないでしょうね?
生徒:
さすがに、そんなわけないって。でも、……はあ。来年はもうここに来られないのかと思うと、寂しくなるな。
先生:
そうね。あなたも、もう三年生だものね。
生徒:
せんせはどう? 寂しくならない?
先生:
毎年、誰かしらいなくなるんだもの。もう慣れっこよ。
生徒:
ふーん。そっか。俺は、寂しいんだけどな。……あ、そうだ。俺、地元の大学を受けることにしたから。そしたら、また来年からもここに来られるな。
先生:
何バカなことを言っているの? 一時の感情だけで、自分の進路を決めるなんてもったいないわ。あなたには無限の可能性があるんだから、ここに縛られてはだめ。それに、卒業したらどうせ私のことなんか忘れるわよ。
生徒:
忘れるわけねえって! だって、俺は―
先生:
今はそう言ったって、どうせ覚えていないわ。(独り言のように)……そう、それでいいの。必要以上に期待をして、寂しさを感じるなんて……バカみたい。
生徒:
せんせ?
先生:
はっ! な、なんでもないわ。ま、まあそれでも……少しは寂しくなるかもしれないわね。
生徒:
それってさ。俺だから寂しい、ってこと? 他の奴らには、そんなこと思わないよな?
先生:
えっ?! さ、さあ……どうかしら。
生徒:
せんせってさ。時々そうやって一線を引くよな。必要以上に保健室へ来るな、怪我してもすぐ帰れ、って最近はいつもそう。もしかして……俺のこと嫌いなの?
先生:
はあ?! 好きとか嫌いとか、そういう個人的な感情を抱くわけがないでしょ? だって……私は先生だもの。
生徒:
そっか。そうだよな。はは……寂しいな。俺はあんたのこと、「先生」だなんて思ったことは一度もねえけどな。
先生:
え? そんなにらしくなかったってこと?! ……そう、よね。まだまだ新米だし、そりゃあ威厳もへったくれもないわよねえ。
生徒:
あ、違う違う。そういう意味じゃねえよ。
だから。―俺はあんたを先生じゃなくて、一人の女として見てる、ってことだよ。
先生:
なっ……?! あ、あんまり大人をからかうもんじゃないわよ。ほら、もう授業に戻って。帰った帰った。
生徒:
やだね。ちゃんと聞くまで帰らない。だって、次は他の奴もいるかもしれねえじゃん。
だいたい、大人って言ったって、十も変わらねえだろ。ねえ、せんせ。俺のことどう思ってるの? 好き? 嫌い? 今、ここで聞かせてよ。
先生:
そんなの、言えるわけないじゃない! 私のこと、困らせたいの? そんなの……嫌いなわけないでしょ。嫌いになれたら、こんなに悩まないし、苦労しないわよ。
生徒:
苦労しない、か。ふーん。そっか。(悪戯っぽく)先生、俺のことで悩んでるんだ?
先生:
あっ……あなた、もしかしなくてもからかったわね!
生徒:
へへっ。ま、いいや。それだけ聞ければ十分だし。今日はこの辺で勘弁しといてやるよ。
先生:
もう! って言うか、あなた……余裕ぶってるけど、頬が赤いじゃない。ふふっ、可愛い。
生徒:
うるせー。せんせだって真っ赤じゃん。
先生:
えっ?!
生徒:
ほんと、可愛い。じゃ、またね。
先生:
はあっ?! (しどろもどろに)……え、ええ。気を付けて。お大事にね。
生徒:
あ、そうそう。それと。(真剣に)俺はせんせのこと、本気だから。(明るく)じゃあねっ!
先生:
―っ?! な、なによ……なんなのよ。もう、心臓止まるかと思った……。最近の子はみんなああなの? もう、心臓に悪すぎ。はあ……。
生徒:
(保健室を出た後、独り言)はあ~っ。何言ってんだ、俺。あ~でも、……せんせ、可愛すぎかよ。
-Fin.