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創作怪談

同じ怪談を何度も話しすぎて

飽きられてしまった怪談師と、

斬新な怪談を考えようとする弟子。

二人の漫才のような問答を落語家が語ります。

弟子の怪談部分は、間をとって

おどろおどろしく読むと

それっぽいかもしれません。

一人二役前提ですが、落語という体ですので

無理に声色を変える必要は無いと思います。

また、何人でやってもかまいません。

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・一人称、語尾→アレンジ自由
・アドリブ→枕部分など、ご自由に創作していただいて結構です。

【登場人物】

・秋笑風亭 夢燭(じゅうしょふてい・むしょく) 

※性別不問
語り手。落語家。

以下、噺の中の登場人物。※兼役


・「怪談師」:

怪談の噺家。三大怪談を日替わりで話していたところ、客に飽きられてしまったため、斬新な怪談を創作しようとしている。ツッコミ役。


・「弟子」:

怪談師の弟子。突拍子もない怪談を思いつき、ダメもとで話す。ボケ役。

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秋笑風亭:

秋笑風亭:皆様、久しくお目にかかります。笑う風には秋来たる、されど燭台の灯は風前の夢。秋笑風亭夢燭(じゅうしょふてい・むしょく)と申します。おやおや、わたくしを宿無し職無しとお笑いになるのは結構ですが、さすがに何度も申し上げておりますと、このくだりには飽きが来ましょう。


しかしながら、秋の前には夏が来ます。近頃は大変暑うございますね。江戸の世には、人々に怪談を披露し涼んでもらう「怪談師」という者もおりましたから、夏は怪談と古くから相場が決まっているのでありましょう。


とはいえ、いくら恐ろしい怪談といえども、お決まりの展開となれば恐怖も薄れてしまいます。噺家(はなしか)にとって、飽きは死活問題。先が読めないということは、未知への恐ろしさでもございましょう。そこで、中には己で怪談を創作しようと、四苦八苦する怪談師とその弟子もいたようでございます。


―以下、一人二役で。


怪談師:

「てえへんだ、てえへんだ。あー、困った、困った。」


弟子:

「お師匠さん、そんなに頭をひねってどうなさったんですか?」


怪談師:

「昨日やったのは『皿屋敷(さらやしき)』、一昨日は『牡丹灯篭(ぼたんどうろう)』、その前は『四谷怪談(よつやかいだん)』。」


弟子:

「ええ。どれも巷(ちまた)で人気の怪談ですからね。」


怪談師:

「そのさらに前は『皿屋敷』、そのまたさらに前は『牡丹灯篭』、そいつのさらにさらに前は『四谷怪談』。」


弟子:

「そうでございますね。おかげで、お師匠さんの噺(はなし)は一言一句覚えてしまいました。」


怪談師:

「おお、そうかい。そいつは良かった。……いや、全く良くねえんだ! 昨日は客になんて言われたか知ってるか? 『旦那、また三日後に皿数えるんですかい?』だと。おまけに俺が皿を数え始めたら、子供たちが『一枚、二枚』とはやし立てる始末。これじゃ、怪談師の名が泣くわい。」


弟子:

「確かに、これだけ繰り返されれば覚えてしまいますから、だんだんと恐ろしくなくなってしまいそうですね。」


怪談師:

「そうだ。これは由々しき事態だ。ここは一つ、誰も知らぬ恐ろしい怪談を作って、客の度肝を抜いてやろうじゃないか。」


弟子:

「なるほど。それは良いですね。」


怪談師:

「まずは幽霊をどうするか、だが……どいつもこいつも女ばかり。もはや女しか幽霊になれぬ決まりでもあるまいな。」


弟子:

「長い髪に白い着物と決まっておりますからね。」


怪談師:

「ええい、片っ端から今ある話を調べるぞ。……こいつは女、こいつも女、こいつは子供で、こいつは赤子。ああ、女、女、女、子供、子供、赤子、時々老人。」


弟子:

「その通りでございます。どれもこれも女子供か時々老人。」


怪談師:

「なるほど。弱き者が幽霊となって力をつけ、一矢報いるというわけか。その差が大きいほど恐ろしいというわけだな。」


弟子:

「そういうことでございます。ですが、それではありきたりで面白くありません。ここは一つ、真逆な幽霊を考えてみるのはいかがでしょう。私も怪談師の弟子ですから、お師匠さんの代わりに怪談を考えてみましょうか。」


怪談師:

「なるほどなるほど。それは心強いな。」


弟子:

「はい。では、まずは屈強な大男なんていかがでしょうか。」


怪談師:

「そいつは確かにこれまでの怪談で聞いたこともねえな。強き者が力をつけてますます強くなるというわけかい。屈強な大男と言うと……相撲取りとかかい?」


弟子:

「ええ。……よし、早速思いつきました。」


怪談師:

「おお早いな。どんなのだ?」


弟子:

「はい、では。『ある所に、菊の山という相撲取りがおりました。大変な大飯食らいで、昼夜問わず稽古の合間に、大きな茶碗で飯をかき込んでおりました。ある夜、飯を食いすぎて喉が渇いた菊の山は、水を飲もうと井戸に向かいました。しかし、勢い余って井戸にはまり、そのまま死んじまったのでございます。』」


怪談師:

「ほう。なんだか死んだ理由は気になるが、それでどうなるんだい?」


弟子:

「『それからというものの、相撲部屋には、夜な夜な菊の山の幽霊が出るそうです。井戸からは、こんな声が聞こえてくるのだとか。『一杯、二杯、三杯、四杯……』と。』」


怪談師:

「なんだかどこかで聞いたことがあるような話だな。」


弟子:

「『そして最後に十杯まで数えてこう叫ぶのです。『足りねえ。全然足りねえ。飯はどこだ!』と。』題名はこうです。『どすこい茶碗部屋』。」


怪談師:

「おいおい、待て待て。そりゃあ『番町皿屋敷』を面白おかしくもじっただけだろ。客は笑っちまうだろうが。」


弟子:

「やはりだめですか。」


怪談師:

「だめだ、だめだ。もっと元ある話からは離れて、独自の怪談を作らにゃだめに決まってんだろ。」


弟子:

「なるほど。……ふむ。では、飛脚の幽霊なんてどうでしょう。」


怪談師:

「おお、確かに予想のつかねえ話が出来そうだな。筋骨隆々、俊足の飛脚かい。ううむ、果たしてどんな怪談になるのか。」


弟子:

「お任せください。題名は、『幽霊飛脚』と致しましょう。では、こほん。『江戸の町に、絶対に乗ってはいけないと言われる人力車がありました。目にもとまらぬ速さで過ぎ去れば、それは幽霊飛脚が引いているのだそうです。その幽霊は、かつて江戸一の速さを求めて他の飛脚と競っていたところ、川に落ちておぼれ死んでしまった飛脚なんだとか。』」


怪談師:

「ふむふむ、なるほど。……なんだか間抜けな死因が気になるな。して、なんで乗ったらいけねえんだ?」


弟子:

「『なんでも、その人力車に乗ったら最後、永遠に降りることができなくなるそうです。きっと速すぎるあまり、降りようとしても降りられないのでしょう。そして、江戸の町を豪速で駆け回る人力車に轢かれた者は後を絶たないそうです。』」


怪談師:

「いや、悪かねえ。悪かねえんだが……すまん。なんだか幽霊という感じはしねえな。どちらかというと妖怪の類だ。」


弟子:

「やはり、そうですか。」


怪談師:

「『やはり』? ……まあ、気を落とすでない。いろいろと考えを出すのは大事だからな。」


弟子:

「ならば! いっそのこと、思い切って動物なんてどうでしょうか。」


怪談師:

「いや、動物?! 確かに聞いたこともねえが。」


弟子:

「なんと、それはいけません。お師匠さん、考えてもみてください。人と違う話を考えてこそ、怪談師として大成するというものですよ。」


怪談師:

「ううむ、不安しかないのだが。」


弟子:

「それでは、おっほん。『とある男が蝦夷(えぞ)の地で、雪を踏みしめ歩いていたところ、突然目の前が真っ暗になりました。いえ、暗くなったんじゃあありません。なんと、七尺ばかりもある大きな熊が目の前に立ちはだかっていたのです。腰が抜けて動けずにいると、熊は鋭い牙をむき襲い掛かってきました。思わず目を閉じましたが、それっきり何も起こりません。驚いて目を開けると、熊は消えておりました。代わりに、雪の上には血に濡れた獣の足跡が点々と続いております。そしてその先には、蝦夷の民が仕掛けた罠にかかり、死んでいる熊がおりました。きっと、先程の幽霊はこの熊だったのでしょう。』」


怪談師:

「確かに恐ろしいが、ぞっと身の毛がよだつような感じとはちょいと違うと言うか……。」


弟子:

「やはり、だめですか。」


怪談師:

「さっきからその『やはり』ってのはなんだ! ……いや、師匠たるもの、弟子を頭ごなしに叱ってはいけねえな。いいぞ、どんどん考えてくれ。」


弟子:

「強い動物がだめならば、叩けばすぐに死ぬ、か弱い動物にしてみましょう。」


怪談師:

「か弱い動物? なんだかさっきからどんどん怪談から遠ざかっている気がしなくもねえが……。続けてくれ。」


弟子:

「はい、では。『夜、私は布団に入りました。そのまま眠りについたはずが、突然耳元で『ぶーん』という音が聞こえてきました。がばっと飛び起きて、耳を押さえますが……何もいないようです。それもそのはず、蚊帳の中で寝ていたのですからね。しかしまた、今度は反対の耳から『ぶーん』という音が聞こえます。たまらず明かりをつけて、ばしっ、ばしっと手をたたきますが、どこにも見当たりません。どうやら忽然と消えてしまったようです。あれはきっと……蚊の幽霊だったのでしょう。』」


怪談師:

「いや、どこかで聞いたことがあるような話だな。何なら昨日もあったわ。そいつはただの耳鳴りで、もはや怪談じゃねえぞ!」


弟子:

「やはり、だめですか。」


怪談師:

「だめだだめだ! 『やはり』とは何だ、やはりだめとわかっているなら、もう結構だわい!」
 

秋笑風亭:

名作と呼ばれる怪談には、それ相応の理由があるのでしょう。力なき女子供や老人が幽霊となるからこそ、背筋の寒くなるような怪談となるのでございます。たとえ飽きが来たとしても、また次の夏にはけろりと忘れて、同じような怪談で涼みたくなるのが人間の懲りない性(さが)というもの。皆々様も、くれぐれも背後にはお気を付けて怪談をお楽しみ下さい。本日はこれにて。いやはや、お粗末様でございました。


―終

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