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鬼の棲まう者

◇あらすじ

この村には鬼がいる―。

15歳の少年・紅(こう)は、幼い頃に村の祭り「五行祭(ごぎょうまつり)」で祭器(さいき)を手にして以来、自分の中にもう一人の意識があることを自覚していた。時折その意識に支配される紅は、知り合いの精神科医・琥珀(こはく)に祭りとの関連性を訴えるも、気の所為だと片付けられる。紅は五行祭の秘密を探ろうと幼馴染の藍(あい)と共に神社へ行くが、神社の子供・碧(みどり)から話を聞くうちに、今年の五行祭でかつての自分と同じように祭器を持つ予定だという玄(げん)を見かける。紅は五行祭を探るうちに、やがて鬼にまつわる村の秘密に迫ることになるが……。


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・性転換→×
※但し、演者の性別は問いません。
・一人称、口調、語尾等変更→○
・アドリブ→キャラクターのイメージを大きく損なわない程度であれば〇

◆登場人物◆

不知火 紅(しらぬい こう):
(性別不問)​※少年

五年前、五行祭で祭器を持つ稚児となる。本人は鬼を宿していることに気付いていない。自身の「貪欲の鬼」が持つ欲望の発作に悩まされており、上白土(かみしらど)メンタルクリニックに通っている。発作のせいで母親に捨てられたため、祖母と住んでいる。大人への不信感が強く、口は悪いが心根は優しい。思い立ったらすぐに行動に移す。発作の原因を探るうちに、村の秘密へと行き着くことになる。

 

※兼役①:紅の中に棲む貪欲の鬼

 赤鬼。貪欲な性質を持ち、人の物であろうと構わず欲しがる。

※兼役②:紅の中に入ろうとする疑心の鬼

 黒鬼。疑心の性質を持ち、何に対しても疑い深い。

木更津 藍(きさらづ あい):

(女性)

紅の幼馴染。紅の面倒を見るように、どこを行くにも付いて回る。大人びており冷静沈着。言葉数も感情の起伏も少なく、何を考えてるのか分からない。

その正体は、青鬼。瞋恚(しんに)の性質を持ち、鬼を封じ込めた人間への憎しみを抱いている。赤子の頃に祭器に触れ、そのまま青鬼となったが、紅と触れ合ううちに憎しみを忘れていった。

上白土 琥珀(かみしらど こはく):

(性別不問)

親族が院長を務める上白土メンタルクリニックで、児童精神科医をしている。紅、藍の古くからの知り合いでもある。基本的には親切で面倒見がいいが、非科学的な事象に対しては興味がなく、正論で詰める。

実は、鬼や祭器にまつわる村の秘密を守るため、紅たちをごまかしていた。自身も鬼を宿す者であるが、親和性がないため薬で発作を抑えている。

 

富士金 碧(ふじがね みどり):
(性別不問)

家は御荷上(おにかみ)神社で、ときどき神社の手伝いをしている。いつも眠そうで怠惰な食いしん坊。さりげなく鬼ジョークをかます。古くからの友人である玄のことは助けたいと思っている。何も考えてなさそうに見えて、洞察力が高く、古文書も解読できるほど謎に賢い。

真実をすべて知っているが、その素振りは見せない。鬼を宿しているものの、親和性が高いため発作のようなものはほとんどない。

水無瀬 玄(みなせ げん):
(性別不問)

五行祭や稚児について疑問を抱き、役目から逃げ出したいと考えているが、身体の弱い妹がいるため踏ん切りがつかずにいる。普段は礼儀正しく物静か。矛盾や不合理を見逃さずにはいられない一方で、不満を抱えつつも行動に移す勇気はない。碧、琥珀とは面識がある。

村の秘密を知り、稚児を引き受けるべきか苦悩するものの、琥珀の説得により渋々受け入れることになる。

 

◇用語解説◇

・樹村(いつきむら)

…紅たちが住む山間部にある古い村。元は「五鬼」とも書いたらしい。一日一本のバスを乗り継いで、やっと鉄道の駅にたどり着ける。学校は小中一貫で一校しかない。

・五行祭(ごぎょうまつり)

…五年に一度、樹村で開かれる祭り。村から選ばれた子供が祭器を持ち、神に捧げる祈りをする。

・祭器(さいき)

…五行祭にて披露される、古くから伝わる祭り用の武器。剣、薙刀、槍、弓、斧の五つがあると言われている。

・稚児(ちご)

…五行祭で、祭器を持つ役割を担う15歳までの子供。

五家(ごけ)

…持ち回りで稚児を務めなければならない五つの家。不知火(しらぬい)、木更津(きさらづ)、上白土(かみしらど)、富士金(ふじがね)、水無瀬(みなせ)の姓を受け継ぐ家が該当する。

・御荷上(おにかみ)神社

…五行祭を主宰する神社。富士金家が務めている。元々は鬼神を祀っていたとも伝えられているが、詳細は不明。五行祭で使用する祭器を保有している。

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紅:

違う!これは……俺じゃない。知らない。俺はやってない。やったのは……俺の中の、もう一人の俺だ!

ー上白土メンタルクリニックにて

琥珀:

不知火紅(しらぬいこう)君。調子はどうだい?

紅:

調子だあ? んなん、最悪に決まってんだろ。

藍:

紅、そんな言い方は失礼。もう少し言葉を考えて。

紅:

……ちっ。

琥珀:

それで、薬の副作用はどうかな? 気持ち悪いとか、身体に合わないとかあれば、気軽に言ってね。予約なしでも、すぐに診られるから。

紅:

はあ? こんなド田舎の精神病院なんて、いつもがらすきだろ。

藍:

ちょっと、紅! 琥珀(こはく)先生、ごめんなさい。

琥珀:

いいよいいよ、気にしないで。私は慣れてるし。……君のおばあさんは、このことは?

 

紅:

別に。ずっと前から、放っておかれてるよ。

琥珀:

それで、幼馴染の君が毎回ついてきてるってわけかい。

藍:

だめでしたか? 紅と私は家族みたいなものですし、もう今更かなと思いまして。

琥珀:

君はいつも、しれっとそこにいるからなあ。

藍:

紅は、私がいないと何をするかわからないので。

紅:

んだよ、人を猛獣みたいに言いやがって。

藍:

でも、私のおかげで他の人に迷惑かけてない。

紅:

っは。……で、先生。どうなんだよ。前言ってた、俺の仮説。

琥珀:

前にも述べた通り、因果関係を証明するのは極めて難しい。まして君は今、心の病に冒(おか)されている。残念ながら、非科学的な事象と結論づけるのは浅はかだろう。

紅:

わからないね。単刀直入に言ってもらおうか。

琥珀:

君の仮説は、症状から来る荒唐無稽な妄想に近しいところがある。

藍:

つまり、聞く価値がないと……? そんなの、あんまりでは―

琥珀:

まあ、悪いけれどそういうことだ。さ、帰っておくれ。

紅:

ふざけやがって! 俺が頭おかしいから聞く耳持たねえってか! ……俺は、頭の中のこいつの正体を知りたいんだよ。こいつは……きっとあの祭りの時からなんだって。

藍:

五年前のお祭り―五行祭(ごぎょうまつり)のこと?

紅:

ああ、そうだよ。

琥珀:

君のような患者は私も初めてだからねえ……。しかし、興味深いね。なぜ祭りが原因だと?

 

紅:

あの祭りの時、ばあちゃんに言われて手伝いをしたんだ。なんだっけ……祭器(さいき)?とかいう変な錆びた剣を持たされたんだ。それからだよ。頭の中に、変な声が聞こえるようになったのは。

琥珀:

……。

藍:

……先生? どうかしたんですか?

琥珀:

なるほど。それは興味深い話だね。すまないが、一度持ち帰って検討してみるよ。

紅:

そう言って、どうせまたいつもみたいに忘れんだろ。お医者様の事なかれ主義ってやつか?あーあー、そうだよな。こんなわけわかんねえガキよりも、適当にボケた老人の相手してたほうが、こんなしけた村じゃあ儲かるもんなあ?

藍:

ちょっと紅、いくら何でも言いすぎ。

紅:

俺は先生に言ってんだ、藍(あい)は黙っとけよ。おい、聞いてんのかよ、先生!

琥珀:

じゃあ、今日はこれで。薬、忘れずに貰って帰ってね。はいこれ、処方箋。

紅:

クソが!

 

ー紅、怒りながら出ていく。

藍:

紅! ……先生、ごめんなさい。

琥珀:

いいさ、ここでは日常茶飯事だ。あの子もなりたくてなったんじゃない。それより、彼のこと頼んだよ。

藍:

はい、もちろんです。紅は私がきちんと見ておきますから、ご安心を。では、失礼します。

 

琥珀:

君は薬はいらないのかい?

藍:

……私には不要なものですから。

琥珀:

……そうか、ならいいんだ。失礼したね。

ー薬を貰った後、歩き出す二人。

藍:

いい? これが発作を抑える薬で、これは眠りやすくするための薬。

紅:

いつものだろ? んなん、知ってるよ。なあ、藍。なんで琥珀先生もばあちゃんも、俺が病気だって決めつけるんだろうな。確かに、声が聞こえるんだよ。それで、ちょっとでも欲しいって思ったら手が出ちまう。これは病気よりも、もっとなんつーか……超常現象っつーか、そういう類のやつだと思うんだ。お前はどう思う?

藍:

紅のことは、私よりも紅がよくわかってる。だから、紅が思うならそういうことだと思う。

 

紅:

んだよ、それ。……はあ。大人ってさ。隠しごとが下手だよな。俺、五行祭のことがずっと気になっててさ。でも、誰も教えてくれないんだ。図書館で探そうにも、資料なんてまるでないし。そりゃそうか、ド田舎の祭りだもんな。

藍:

そういうのって、大学の教授が研究してるって聞いたことある。

紅:

そもそもこの村自体、知名度無さすぎて、よその人なんか誰も来ねえじゃんか。ま、一日一本あるかどうかのバスを乗り継いでまで来ようなんていう物好きは、そうそういねえもんな。

 

藍:

五行祭は、樹村(いつきむら)に代々伝わる、五年に一度のお祭り。その時に、五つある祭器のうちの一つがお披露目される。その祭器を持つ役をする稚児に選ばれた家は、安泰になると言われてる。

紅:

はっ、安泰ねえ。……このせいで、おふくろに捨てられてんのに? 笑わせんなよ。


ー間

碧:

絶対に蔵を覗いてはいけないよ。きみの中に鬼が目覚めるといけないから。

玄:

「今は昔、悪(あ)しき陰陽師に仕うる五つの鬼ありけり。陰陽師亡きあとこの地に逃げいで、わびしき村に住まう五人(いつたり)の若人(わこうど)に会いたり。
五鬼(いつき)、村を豊かにし、己を崇めさせ器を欲す。されど、村人をして器に封ぜらる。赤鬼(あかおに)、剣(つるぎ)へ。青鬼(あおおに)、槍へ。黄鬼(きおに)、弓へ。緑鬼(みどりおに)、薙刀(なぎなた)へ。黒鬼(くろおに)、斧へ。それを知りて瞋恚(しんに)の鬼、怒(いか)る。村人、祟りを畏れ五年(いつせ)にひとたび祭りを催し、五鬼(いつき)を神社に祀り、これにより鬼神(おにがみ)と名づけけり。さても、祭りにて稚児らを捧げ習いとす。器をゆめゆめ絶やすことなかれ。さもなくば鬼の災い降りかからん。」

……なんだ、これは。なんなんだよ、この村は。

碧:

それでも知りたいと言うなら、僕は止めないけど。……君は、どうする?

玄:

「鬼の棲まう者」

 

ー間

藍:

紅、どこへ行くの。

紅:

五行祭をやってる御荷上神社(おにかみじんじゃ)ってとこに決まってんだろ。絶対に暴いてやる。あの祭りの秘密もな!

藍:

やめといた方がいい。もし仮に証明できたとして、誰が信じると思う?

紅:

……藍は信じてくれないのか。

藍:

信じるよ。紅は紅だから。でも他の人はわからない。秘密って、暴かれたくないから隠されてると思う。それを無理やり暴いたら、良くないことが起こる気がする。

紅:

んだよ、藍まで。じゃあいいよ。俺一人で行くから。

藍:

紅、待って。

 

ー御荷上神社の境内にて

碧:

今日もいい天気だねー。鬼の居ぬ間に命の洗濯。こんにちは、お二人さん。

紅:

はあ、はあ……この階段、何段あんだよ。あっちー、喉乾いた。せっかく来てやったのに、水の一杯もねえのかよ。

藍:

紅、贅沢言わない。でも、自販機もないのは確かに不便。

碧:

あはは。こんな鬼寂しい陸の孤島には、だーれも進出してこないからねー。今年は梅雨も無かったから、もうすぐ井戸の水も干からびるんじゃないかなー。

紅:

ちっ、笑いごとじゃねえだろうよ。それより、お前。もしかして神社の人間か?

碧:

んー、まあそうだねえ。僕は富士金碧(ふじがねみどり)と言います。よろしくね。

紅:

お前とよろしくする気はねえんだよ。とっとと知ってることを全部吐きやがれ。

碧:

吐いたら、鬼盛りのかつ丼でも食べさせてくれるのかな?

紅:

は?

碧:

たとえ鬼でも、腹が減っては戦もできぬ。ぐう。ああ、お腹減った。

紅:

……んだよこいつ。変な奴だな。

藍:

ごめんなさい。私たち、五行祭について調べてるの。それで―

碧:

知ってるよ。そっちの子が不知火紅で、君が木更津藍(きさらづあい)。五行の家だもんね。

 

紅:

五行の……家?

碧:

あれ、知らないの? 五行祭りの稚児を持ち回りで任されている五家(ごけ)のことだよ。不知火、木更津、上白土(かみしらど)、水無瀬(みなせ)、そして僕の富士金。

紅:

じゃあ、稚児を出す家はその五家に決まってるってことか?

碧:

そういうこと。祭器も五家に対応してるらしいね。僕は薙刀だったかなあー。そこの藍ちゃんも、ずっと前に稚児をやったんだよね。

紅:

はっ?! おい、藍もか? お前、んなこと一言も―

藍:

紅が村にいないときにやったの。だから、紅が知らなくても無理はない。

紅:

お前たちはその後、俺みたいになったりは……してなさそうだよなあ。はあ。結局、おかしいのは俺だけかよ。……さっきの話が本当だとすると、今年も五行祭の稚児がいるってことだよな?確かめたいことがあるんだけど、祭器を見せてもらうことはできるか?

碧:

恐れ入り谷(や)の鬼子母神(きしもじん)だけど、あれはうちのじいちゃんが管理してるから、僕もよく知らなくてさー、近づくなとしか言われてないんだ。まあ、力の強い特別なものだから、おいそれと見せることはできないと思うよー。

藍:

祭りについての書物を見せてもらうこともできないの?

碧:

それも一緒に管理されてるからねー。うっかりご飯粒なんか落としたら、鬼の形相で叱られちゃうからさー、僕にもわからないんだよ。

紅:

んだよ、使えねえなあ。

碧:

もしかして君、困ってるの?

紅:

んー……まあ、な。割と人生棒に振ってきたレベルで。

碧:

それは「鬼」のことで?

紅:

鬼……? どういうことだよ。

碧:

いや、何でもないよ。それより、ちょっとスマホ貸して。

紅:

は? なんで初対面の奴にいきなり貸さなきゃなんねえんだよ。

碧:

鬼の目にも涙、後生だからお願いお願い。

紅:

ああ?! るせえな、離れろって!

藍:

あの、人が来てる……。

 

ー蔵から出てきた玄が一礼して一同の前を通り過ぎる。

碧:

ああ、玄。もういいの?

玄:

はい、もう結構です。……お世話になりました。

 

ー玄、階段を降りていく。

紅:

なんだ、あいつ。

碧:

水無瀬玄(みなせげん)。今年の五行祭の稚児になったんだけど……まあ、いろいろあってねー。

紅:

ただでは教えてくれねえってか。

碧:

そんなことよりお腹すいたねー、もうおやつだよ。明日のお祭りの準備、あとは晩御飯を待ちながらお昼寝タイムだねー。では、おやすみなさい。ぐー。

藍:

え……何。もう寝てる。自由すぎ。

紅:

おい、起きろ。起きろって!

碧:

うーん……もう食べられないよ~。

紅:

んだよ、こいつただのアホかよ。おい、藍。行くぞ。あの水無瀬ってやつを追いかける。こいつには後でいくらでも聞けるしな。来い!

 

ー上白土メンタルクリニックにて

琥珀:

行くのかい?

玄:

止めたって無駄ですよ。自分は……ここを出ていく、って決めたんですから。

琥珀:

出ていったところで、子供に何が出来る?

玄:

……それは。そう、ですが。

琥珀:

今すぐ考え直した方がいい。君は文無しの子供だ。衣食住の保証もない外へ出ても、すぐに野垂れ死ぬだけだろう。

玄:

……っ。

琥珀:

明日の祭りに出るのがそんなに嫌なのかい? 稚児に選ばれるのは光栄なことなんだよ。それに一瞬で終わる。

玄:

……そうやって、騙してきたんですか。

琥珀:

……何?

玄:

この村は、危険を承知で、何も知らない子供たちを騙して、生贄に捧げてきたんですよね。

 

琥珀:

言っている意味がわからないよ。いったい、何の話をしてるんだい?

玄:

それで気が触れたら病のせいにしてあなたの病院に通わす。なるほど、商魂たくましいですね。

 

琥珀:

……っ!

 

ー琥珀、拳を握り締める。

玄:

説得できないとわかると今度は力で言うことを聞かせるんですか。嫌ですね、大人って。

 

琥珀:

……慣習には従うもの。年長者の助言は素直に聞いておいた方が身のためだよ。私は君のためを思って言ってるんだ。これは、狭い村社会に生まれた宿命なんだよ。君が拒否するなら、身体の弱い妹さんに頼むことになるけど、いいのかな。

玄:

……今度は、脅しですか。

琥珀:

祭りが中止になれば、何が起こるかわからない。水不足は、いよいよ深刻になるだろう。

 

玄:

科学を肯定するあなたが、神仏に縋るんですか。

琥珀:

誰だって信教の自由はあるさ。プライベートならね。

玄:

ああ言えばこう言うんですね。

琥珀:

とにかく、この村から出ていっても君一人の力では生きていけないんだよ。大人しく今まで通りにするんだ。いいね?

玄:

そう言わないと帰す気ないでしょう。

琥珀:

この村からは出られないよ。君がどう足掻いても、運命は変わらない。

 

ー上白土メンタルクリニックの前にて

紅:

はあ、はあ、はあ……。あれ。ここって……先生の病院だよな。

藍:

上白土メンタルクリニック。そういえば……琥珀先生の苗字って。

紅:

さっきの話が本当なら、先生も五家の一人なんだろ? あの人も、水無瀬って奴も……何か知ってるのは、間違いなさそうだな。

 

ー二人、院内に入る

紅:

先生。先生!

琥珀:

もう診療時間は終わったよ。何、相談事? 今ちょっと立て込んでいるんだけど。

紅:

水無瀬玄てやつ、知らない?

琥珀:

……いや、知らないね。

ー診察室の奥から玄が顔を出す

玄:

……自分が、どうかしたんですか。

紅:

え? いるじゃん。先生、なんで嘘ついたの?

琥珀:

え? ああ、君そんな名前なのか。知らなかったよ。急に来られて受付もせずに通って来たからね。びっくりしたなあ。

玄:

……。

藍:

水無瀬さん。あなたは、先生とどういう関係なの?

琥珀:

すまないけど、君たちは出て行ってくれるかな。こちらはお取込み中なんだ。いくら君たちと言えど、患者のプライバシーをべらべらと喋るわけにはいかないんでね。さあ、行った行った。

紅:

……先生。あんた、俺に何か隠してるだろ。「上白土」なら、あんたも五行祭に関係あるんだよな?

琥珀:

さあ、水無瀬君。入院病棟はこっちだ。

玄:

にゅ、入院……?

紅:

待てよ! そいつにも聞きてえことがあるんだよ!

​ー急に警報機が鳴りだす。

藍:

紅、これ以上はまずい。

紅:

離せよ、藍。水無瀬、お前、稚児になるな! なったら俺みたいになる。自分が何なのか、わかんなくなっちまうんだぞ!

玄:

……やはり。そういうことだったんですね。

琥珀:

(玄に)ごめんね、彼も私の患者なんだ。今は少し錯乱状態になっているみたいだね。否定も肯定もしちゃいけない。目を合わせてはいけないよ。さあ、早く離れて。

(紅たちに)……今日は診察終了だ。君たちは早く帰りなさい。

 

ー琥珀、玄を連れて病院の奥へ消える。

紅:

ちっ、なんだよあれ。水無瀬ってやつ、何があったんだ? ……先生は何を隠してるんだ?

 

藍:

紅。警報機が鳴ってる。締め出される前に出よう。

紅:

でも!

藍:

出てから考えよう。

紅:

……わかったよ。

 

ー間

紅:

子供の頃から変な夢を見る。アレが欲しい……コレが欲しい……アイツノ物? 構ワン。ホシイ……ホシイホシイホシイ! そうやって、誰かが俺の中で暴れている。
忘れもしない、十歳の夏。村の祭りで、俺は稚児に選ばれた。そして、神様が宿ると言われる刀を持つように言われた。頭が割れるような頭痛と共に火花が散ったような気がして、そこからは覚えていない。ひとつ分かったことは、俺はもう以前の俺ではなくなったということだけだった。
(貪欲の鬼)『ホシイ……欲しい。』

 

ー病院の裏手にて

紅:

くそ。今は黙っとけよ!

藍:

紅、顔色が悪い。大丈夫? すごい汗。薬飲む?

紅:

いらない。深呼吸すれば大丈夫だ。これは……感情の高ぶりみたいなもんだから。

藍:

これから、どうするの?

紅:

病院に忍び込む。それから、水無瀬ってやつに話を聞く。
ん? メッセージが入ってるな。……誰だ?

碧:

「やあ。碧だよ。水無瀬玄だけど、さっき妹さんが神社に来て、彼のことを探してるみたいなんだ。悪いけど、君たちが連れてきてくれないかな。よろしくね。」

藍:

いつのまに連絡先を交換したの?

紅:

さあな、わかんねえ。もしかしてあの時か? なんなんだアイツ……。
それより、探せっつっても肝心の本人は病院の中じゃな。まずは梯子がないか探すか。それから、開いてる窓を探して入るぞ。

藍:

本気? 危険すぎる。

紅:

あいつには聞きてえことがあるんだ。この機会を逃すわけねえだろ。

 

ー梯子を使い病院の二階に侵入する二人


紅:

大丈夫か?

藍:

はあ、はあ……結構スリル満点だった。

紅:

その割には楽しそうだな。

藍:

案内板がある。ここ、思ってたよりも広そう。

紅:

まさか二階が入院病棟だったとはな。の割に、人気(ひとけ)がないが……。

藍:

まるで物置みたい。廃材みたいなパイプ椅子にカルテの山……空っぽのベッドしかない。

 

ー物音に気づく二人


紅:

……っ。なんだ、そこに誰かいるのか?

藍:

見つからないうちに、早く行こう。

 

ー一室を覗くと、玄がいる。


玄:

……あなたは。

紅:

ここにいたのか。俺は、不知火紅だ。お前が水無瀬玄か?

玄:

……自分に何の用ですか?

紅:

五行祭のことだ。

玄:

また、それですか。

紅:

お前、出るんだろ。

玄:

あなたにお話しすることは、何もありません。

藍:

驚かせてごめんなさい。琥珀先生はどこ?

玄:

この部屋に自分を置いていったあとは、下に降りて行きました。近くにいるので、抜け出したらすぐに気付かれると思います。

紅:

なんで先生はお前にこんなことするんだよ。さっきも様子おかしかったし。

玄:

……稚児を、引き受けないから。

紅:

はあ? 先生は祭りに興味なさげだったし、関係ねえって言ってたのに……あれは嘘だったのかよ。意味わかんねえ。

藍:

私たちも、以前あの祭りの稚児をやったの。だから、あなたの不安を解消できるかもしれない。何か不安なことがあって、引き受けるかどうか迷っているんでしょう?

玄:

自分は……稚児になんかなりたくありません。

藍:

どうしてそう思ったの? この村では、稚児になるのは名誉なことのはず。その家には繁栄が訪れると言われてる。それなのに―

玄:

あなたもそちら側の人間ですか。

藍:

……え?

玄:

悪いことは言いません。自分に関わるつもりなら今すぐ出ていってください。あなたの言いなりになるつもりはありませんから。

藍:

待って。私は―

玄:

不知火君でしたか。あなたも真実から目を背けて、自らを騙して鬼を飼い続けるつもりですか?

紅:

……鬼?

玄:

もうすぐ先生が来ます。早くお引き取りください。

紅:

ああ、いや、待て! お前の妹ってやつがお前を探してるらしくて―

玄:

妹……ご心配には及びません。自分から連絡を入れておきますから、もう行ってください。

 

藍:

紅、もう行こう。先生に見つかったらまずい。

紅:

あ、ああ……。

 

ー玄、藍に続いて出ていこうとする紅に、こっそりと囁く。


玄:

御荷上神社の蔵を調べてください。ただしあなた一人で、です。そうすれば、自分の言ってる意味もわかるはずですから。

ー脱出した二人

 

紅:

なんだったんだよあいつ。鬼って一体何のことだ?

藍:

そういえばさっきなんて言われたの?

紅:

いや、えっと……俺もよく聞こえなかった。

藍:

……そう。

紅:

あー、えっと。やべ! ちょっと学校に忘れ物したかも。取りに行ってくるから、お前は先に帰っとけよ。

藍:

紅が行くなら付いていく。

紅:

いや、その、女子が見るにはちとまずいものがな、うん、いろいろあるんだよ。な?

 

藍:

そういうこと私は気にしない。

紅:

お前は良くても俺は気にすんの! いいから帰れって。

藍:

私がいたらまずいこと?

紅:

まあ、そんな感じだって。

藍:

そう。

紅:

ほら、さっさと帰れって。


ー間


紅:

神社の蔵へ行くっつっても、なあ.……。どうすりゃいいんだ?

​ー後半へ続く

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ー夜、神社にて

紅:

やっぱ侵入するなら夜だよな。懐中電灯消してっと。うわ、雰囲気あって怖えな。さっさと済ませよ。
……昼間の奴はいねえみたいだな。そういえば水無瀬も蔵から出てきてたけど……なんであいつは自由に出入りできたんだ? よいしょっと。鍵かかってねえのか。ま、好都合だ。よし―

 

碧:

ふわあ~遅いよ、紅くん。

紅:

うわあ! び、びびらせんなよ。なんでお前がいるんだよ。

碧:

んー……だって君、おバカそうだから本とか読めなさそうだし。僕がいた方が鬼に金棒かと思って。

紅:

お前も大概アホっぽいけどな。

碧:

ひどいなあ。君よりはお勉強できると思うよお。

紅:

ナチュラルに失礼な奴だな。てか、勝手に入ったこと……怒らねえのか?

碧:

玄と会ったんでしょ。なら、仕方ないかなって。

紅:

知ってんのか。けど、お前は良くても爺さんはなんも言わねえの?

碧:

じいちゃんは本に米粒さえ落とさなければ大丈夫だよー。

紅:

お前と一緒にすんな! で、えっと……どこにあるんだ?

碧:

案内するよ。……そういえば、今は君につきっきりの鬼はいないんだね。

紅:

はあ? ……鬼? もしかしてお前、霊とか見えるタイプ?

碧:

ああ、違う違う。あの女の子だよ。

紅:

ああ、藍のことか。あいつは怒ると怖いけど、別に鬼ってほどでもねえだろ。

ー碧が出してきた書物を紅が覗き込む

紅:
ああ……? んだこれ。ミミズみてえな文字だな。

碧:

「昔々、朝廷を乗っ取ろうと企む悪の陰陽師に仕えていた五匹の鬼がおりました。鬼たちは陰陽師が殺された後、この樹村(いつきむら)に逃げ込みました。力を使い切り実体を失った彼らは、困窮した村に住む五人の若者に、村を豊かにする代わりに、自らを神として祭り、若者たちの身体を渡すことを要求しました。そして、鬼たちは村に雨をふらせ、日を照らし、実りと金銀財宝を与えたので、村は豊かになりました。しかし若者たちは鬼に身体を渡したくなかったため、鬼を眠らせることのできる祭器を作り、その中へ鬼を封じ込めました。

赤鬼は剣へ。青鬼は槍へ。黄鬼は弓へ。緑鬼は薙刀へ。そして黒鬼は斧へ。鬼たちは村のために力を使い切ったため、抵抗できませんでした。約束を違えられ、とりわけ憎しみを司る鬼は怒り、復讐を誓いました。鬼たちの祟りを恐れた村は、彼らの怒りを鎮めるために五年に一度、稚児に祭器を持たせて鬼に捧げる祭りを行いました。器を絶やしてはなりません。そうしなければ、村に災いが訪れます。」

紅:

この古文? みたいなの、そんなことが書いてあったのか。けど、どういうことだ……? 「器を絶やしてはなりません」……って、もしかして、祭器のことか?

碧:

いいや。人間のことだよ。

紅:

はっ……?! に、人間?!

碧:

器は、祭器を指すのははもちろんだけど、人間のことだよ。稚児はね、鬼を封じるための「器」とされてきたんだ。

紅:

んだと?! じゃあ、あの声は……俺の中に封じられた鬼だったのか?!

碧:

もともと、稚児に祭器を持たせたのは、鬼を鎮める祭りとしてなんだ。だから、あくまで真似事だったんだよ。でも、どんなものでも崇められるうちに神となる。そうして、僕たちの世代になると、鬼はついに力をつけて、祭器を通じて稚児の中へ移ってしまった。

 

紅:

んだよ、それ。聞いてねえよ。んなこと誰も言わなかったじゃねえか!

碧:

鬼を抑えられるかは個人差があるみたいだね。鬼との親和性、とでも言えばいいのかな、僕はたまたま体質が惛沈(こんちん)の鬼に合ってたみたいだから、たまにすごく食べちゃうくらいだけど。

紅:

藍やお前は、鬼を抑えられる素質があったってわけか……。

碧:

藍ちゃんはレベルが鬼違いだよねー。僕なんか、足元にも及ばないくらいだよー。

紅:

そうか? でもなんであいつ黙ってたんだろうな。苦しんでる俺に悪いとか思ってんのかな。

 

碧:

琥珀先生なんかは、完全に精神の問題と位置づけて、薬で抑えてるみたいけど……君は残念ながらどちらも合わなかったみたいだね。

紅:

それで先生が……。ちっ、村ぐるみで隠してたってわけかよ。なあ。さっきの話が本当なら、器を絶やせば村に災厄が降りかかるんだろ。じゃあ、今度の祭りで水無瀬が稚児をやらなければ―

碧:

今年、この村だけ梅雨がなかったのは警告かもしれないね。水を司る疑心の鬼が、玄が引き受けるはずの鬼なんだ。きっとあの鬼も、祭器の中で目覚めてる。他の鬼もとっくに目覚めてるんだからね。

 

ー五行祭当日。

紅:

どうすりゃいい。どうすれば―。けど、俺みたいなやつが増えるのは……。ああ、くそっ!

 

藍:

紅、浮かない顔してる。大丈夫?

紅:

っ! んだよ、藍かよ。びびって損した……。ああ、浴衣着たのか。

藍:

どうかな。

紅:

うん、まあ……いいんじゃないか。

藍:

そう。もう少し褒めてくれてもいいけど、紅にしては上出来。

紅:

はあ? どういう意味だよ。

藍:

それで、昨日の探し物は見つかったの?

紅:

ああ、まあ……な。

藍:

結局、教えてくれないんだ。

紅:

まあ……人間、秘密の一つや二つくらい、あるだろ。

藍:

そうだね。紅の言う通りだと思う。でも、私は紅のことは何でも知っておきたいから……気になって。

紅:

お前なあ……保護者気どりかよ。……あのさ。藍も稚児をやったなら、鬼の影響とかないの? 先生にも診てもらってないのか?

藍:

……それは。

紅:

別に俺は、お前にも苦しめとか思ってないし、それくらいのことで恨んだりもしねえよ。

 

藍:

……私だって悩むことはある。矛盾を感じることも。どっちに従えばいいのか、どっちが私なのか。わからなくなって、苦しむ時はある。

紅:

……なんか、悪かったな。辛かったら、全部話さなくていいから。

藍:

ごめんなさい、そんなつもりは。私は、ただ―

ー琥珀が現れる

琥珀:

やあ、君たち。こんばんは。

紅:

先生……。

藍:

こんばんは、琥珀先生。

琥珀:

いい祭り日和だね。君たち、あまり遅くならないようにね。

紅:

……水無瀬は。

琥珀:

ああ。入院措置が必要だと思ったんだけど、どうやら私の思い過ごしだったみたいだ。安心してくれ。あちらで元気に祭りの手伝いをしているよ。

藍:

あれは……稚児の装束。

琥珀:

今年はいちごあめの屋台が出ているよ。私の知り合いがやってるから、良ければ行ってみるといい。

紅:

っ! ふざけんなよ!

 

ー紅、琥珀の胸ぐらをつかむ。

琥珀:

……これはこれは。いったい、どういうつもりだい?

藍:

紅、やめて!

紅:

あんたが水無瀬を稚児から逃げられないようにしたんだろ。あいつの気持ちはどうなるんだよ! そんなに祭りが大事か? そんなに鬼が大事なのか?!

琥珀:

……調べたのかい。ああ、そうだよ。

紅:

認めるのか。

琥珀:

私もかつて稚児だった。祭りで弓を手にした時から、君と同じように、頭が割れるような頭痛と、過去の過ちを悔いる幻聴が聞こえた。我執(がしゅう)の鬼―そんなものは居るわけがない。すべて非科学的だと証明するために、精神医学の道へ進んだ。

紅:

あんたもかよ。だったらなんで!

琥珀:

五家に生まれたことで、全うしなければならない使命から逃げろと言うのか。私の一存にこの村がかかってる。だったら! 薬でどうにか抑えて、だましだまし生きていくしかないだろう。私のように「持たない者」なら!

紅:

……っ!

琥珀:

使命から逃げれば村八分にされるどころか、この村は滅びる。地図から消されたっておかしくない。逃げることは自由ではない。ただの無責任だ。

紅:

あんたの言い分もわからないわけじゃない。でも、俺は……認めない。こんな生贄みたいなこと!

 

ー紅、玄の方へ近付く。

藍:

紅、だめ! 祭器に近づいたら―

玄:

これは村のため……妹のため。でも……怖い。自分はどうなる。なんで、こんなこと。五家に生まれただけで……。どうしてしきたりに従う必要があるんだろう。

紅:

水無瀬!

玄:

不知火……君?

 

ー紅、すぐに村の者に拘束される。

紅:

おい、離せよ! 俺はあいつと話したいんだ。

玄:

……自分に話すことはありません。お引き取り下さい。

紅:

水無瀬! てめえ、そうやってあきらめんのかよ!

玄:

あなたには関係ありません。

紅:

目の前で嫌だって思う奴がいるなら助けたいって思うだろ! もう誰にも、俺みたいになってほしくねえんだよ!

玄:

あなたに何がわかるんですか。

紅:

ああ、わかるさ。本当は嫌なんだろ。自分じゃない何者かに身体乗っ取られたい、なんて思う奴なんかいねえだろ! お前は間違ってなんかねえんだよ!

玄:

自分だって逃げられるものなら逃げたいですよ。でも仕方ないじゃないですか! 自分がいなければ体の弱い妹が犠牲になる!

紅:

……その斧が今年の祭器か。

玄:

そうですが。

紅:

……は?(身体に異変を感じる)ぐっ! んだよ、こんな時に!

玄:

……不知火君? どうしたんですか?

琥珀:

まさか……発作か? だめだ、祭器を手にしたら鬼が渡る。二体分の鬼なんて、紅君の身体が耐えられるわけがない!

紅:

(貪欲の鬼)『ホシイ……ホシイ! ヨコセ!!』

 

ー紅、制止を振り切って斧を手にする。

紅:

……っ。

玄:

不知火くん?

紅:

(貪欲の鬼)『壊してやる。』

玄:

……え?

紅:

(貪欲の鬼)『なぜ封じ込めた。我らは安寧の地を求めただけ。なぜ鬼と言うだけで封ぜられなければならぬ!』

……(疑心の鬼)『なぜすでにお前がいる。さては反故にされたか。これだから人間など信じがたい。奴らなど滅んだ方が良い。まずはこの器から壊してやる!』

藍:

―紅っ!!

 

ー紅、斧を自らに突き立てようとする。間に藍が入り、藍の腕に斧が刺さる。

 

藍:

ぐっ……。

玄:

木更津さん?! お、斧が、刺さって……?! どうしよう、自分のせいだっ! 誰か、早く助けて―

藍:

その必要は、ない。

玄:

な、なぜです? こんなに血が出て―

藍:

戻れ、疑心の鬼。この器は貪欲の物。あなたの入る隙などない。貪欲の鬼が勝手に欲しがった。この器に咎はない。

紅:

(疑心の鬼)『では我の器はいずこへ。(玄を見付けて)……そこの者か。』

玄:

ひっ!

藍:

紅、聞こえる? 正気に戻って。お願い、落ち着いて。

紅:

(疑心の鬼)『早く器をよこせ!』

(貪欲の鬼)『何を……!これは我が器だ。おぬしの器はあちらだろう。』

琥珀:

だめだ。あのままじゃ紅君の身体が壊れてしまう!

藍:

……「木生火(もくしょうか)、相生(あいしょう)なれど水生木(すいしょうもく)。木剋土(もっこくど)、相剋(そうこく)なれど金剋木(きんこくもく)。五行がうちの青、五方東(ごほうひがし)、五月木(さつきもく)、歳星(さいせい)より青龍(せいりゅう)、聳孤(しょうこ)を司る三碧木星(さんぺきもくせい)よ。木生火(もくしょうか)の理(ことわり)により、己(おの)が器に静まれ。」

 

ー紅、倒れる。

玄:

不知火君! ……何が起こってるんですか。木更津さんは斧で斬られたはずです。どうしてそんなに平気そうなんですか?

藍:

……この器は死にかけの赤子だった。鬼は痛みを感じない。切られても再生する。その力のおかげで一命を取り留めたようなもの。

玄:

器……ってことは。もしかして、あなたは鬼だったんですか? 死にかけの赤ん坊を乗っ取って……。鬼が人間になり替わるなんて……そんなことが、あっていいはずがないのに。

藍:

両親には感謝されてる。あの人たちは、まだ私が「藍」だと思ってるから。

玄:

……なんですか、それ。それで周りの人を騙して、悪いとは思わないんですか? 不知火君の傍にいたのも、彼を庇ったのも、全部鬼の器を守るためだったんですか?

藍:

……そう思ってくれて構わない。私たちは五つで一つ。同時に、誰が欠けても、誰が強くなりすぎてもいけない。私たちはそうやって、この村を保っている。だから、五行の理(ことわり)により、他の鬼を抑えることができた。

玄:

そんな……。

琥珀:

君が鬼……やはりか。何となく、そんな気はしていたよ。

玄:

先生……気付いていたんですか。

ー騒ぎを聞きつけた碧もやって来る

碧:

いつのまにか大変なことになってるねー。まさか紅君が祭器に触れるなんて聞いてないよー。

 

藍:

斧に戻したけど、眠らせただけだから長くはもたない。早く疑心の鬼をどうにかしないと。

 

玄:

不知火君は無事なんですか?

琥珀:

鬼がもう一体入ったショックで気を失ってるようだね。介抱するから、早く水とタオルを。

 

ー紅、気付く。

紅:

……んっ。

藍:

紅!

紅:

……げほっ、ごほっ。あれ? なんだ、これ。俺、また何かしでかしちまったのか?

藍:

紅、辛かったでしょう。もう大丈夫。私が何とかするから。

紅:

藍? お前、血……! ひどいけがじゃねえか。早く手当しねえと―

藍:

こんなのもう塞がっているから、気にしないで。

紅:

バカ、んなことありえねえだろ!

玄:

……これから、どうするんですか。鬼はもう目覚めてしまったんですよね。

藍:

五体の鬼は五つで一つ。その存在性は共通。最初に私が目覚めたから、他の四体の鬼も目覚めた。だから……。

琥珀:

待ちなさい。藍君、君はもしかして―

藍:

わたしがいなくなれば、みんなの中の鬼も消えるはず。一つの鬼が消えれば、残りの鬼も消えるしかなくなる。

碧:

鬼本人が願えば、消えるしかなくなるわけかー。うーん、確かに合理的であるけど……。

 

紅:

はあ? なんだよ、さっきから俺抜きで話を進めやがって。おい、一体どうなってんだよ! 俺が倒れてる間に何があったんだよ!

藍:

私は、瞋恚(しんに)の鬼。……憎しみを司る青鬼。あなたをずっと監視していた。

紅:

は……?

藍:

ごめんなさい。紅は、私のことを鬼だと知ったら軽蔑する。同じ鬼に苦しむ紅のことを考えると、言えなかった。

紅:

……へえ、そうか。ああ、そうかよ。お前も琥珀先生と一緒だったんだな。みんなして、俺を騙していたんだな!

藍:

待って、違うの。話を聞いて、紅!

 

ー紅、神社の裏手に向って駆け出す

玄:

あなたの話が本当なら……憎しみを抱えた鬼、ということですよね。その憎しみは人間へ向けられたものではないですか? 仮にあなたの言う通りにしたら、こちらに被害が及ぶのでは?

藍:

そう思うのなら、私のことを見張ってくれても構わない。確かに、私には人間のことを憎んだ記憶がある。人間は私たちを騙して祭器に閉じ込めた。だから、最初はこの村を滅ぼそうと思ってた。でも、今は違う。紅のことを大切に思ってる。紅が苦しむのを助けたいと思ってる。

 

琥珀:

君は鬼だと言うのに……人間の気持ちを持っている、とでも言うのかい?

藍:

わからない。でも、どちらも私。このまま疑心の鬼まで器を得たら、何が起こるかわからない。だから、私が憎しみに囚われないうちに―。

 

ー藍も紅を追って走り出す。

玄:

待ってください、木更津さん! ……碧。鬼が消えるって言っても、どうやって? 奴らは不死じゃなかったんですか?

碧:

鬼の目にも涙ってわけかなー。まあ鬼だって、傷の再生が追い付かないくらいの重傷を負えば、どうなるかはわからないよねー。

琥珀:

じゃあ、あの子は死ぬつもりなのか。

玄:

そんな! ダメですよ、止めなくちゃ―

碧:

いいの?

玄:

……え?

碧:

あの青鬼を止めたら、君はこの斧に眠る黒鬼を引き受けるしかなくなるんだよ。しかも、これで五体の鬼全員が稚児という器を得たら、どうなるかわからないって話だったでしょ。最悪、この村は滅ぼされるかもねー。

玄:

それは……そう、ですけど。

碧:

僕は別にどっちでもいいけどさー。もし僕が君なら、止めないかなー。

琥珀:

君は……能天気に見えて、結構えげつないことを言うんだね。

碧:

琥珀先生だって止めないでしょ? 鬼にはさんざん苦しめられてきたもんねー。

琥珀:

……まあ、そうだね。

玄:

……人が死ぬのを待つなんて悪趣味ですよ。

碧:

あれは人じゃないよ、鬼だもん。(自分の中の何かに語りかけるように)ねー、緑鬼君。君とも長い付き合いだったけど、そろそろ体重が気になるから、ちょうどよかったかなー。

 

玄:

……。

ー崖にて

藍:

紅、待って!

紅:

うるせえな、ほっといてくれよ! お前は鬼なんだろ。鬼に苦しむ俺のことをあざ笑ってたんだろ!

藍:

違う。そんなんじゃない。私はっ……! 私は―

紅:

いつも隣にいたのも俺を監視するためだったんだな。あーそうだよな、納得だよな。いつ発作が出るかわからねえキチガイに付きまとうなんて、それくらいしか考えられないもんな。

 

藍:

それは違う! 私は……紅がこの村に来た時、一緒に遊んでくれて、嬉しかった。

紅:

そんな昔のこと……よく覚えてるな。……んなん、何とでも言えるだろ。

藍:

祭りの後苦しむのを見て、ずっと助けたいと思ってた。祭りの前までのあなたみたいに、一緒に笑っていたかった。

紅:

……お前は俺が器だったから面倒見てたんだろ。っは、尻ぬぐいのつもりか? 鬼のくせに罪悪感とかあるんだな。

藍:

紅、私は。鬼であることを忘れて、藍としてずっと生きて居たかった。

紅:

るせえ。……るせえんだよ! 鬼が知ったような口きいてんじゃねえよ。お前は俺の知ってる藍じゃなかっただろ! お前は、ただの鬼だ。化け物だ。……そうなんだろ?

藍:

……私は……私たちは、ただ生きたいと願った。そのためには、器が必要だった。……でも、鬼が生きるには、この世界は窮屈過ぎた。人間が欲しいのは、私たちの持つ力だけ。人間は……人間は……(苦しむ)うっ。ああ……だめ。思い出しては、駄目―

紅:

昔話とかは知らねえけどさ。人間を器にしたい、とか勝手なこと始めやがって。おかげでこっちはいい迷惑してんだよ。……会ったこともねえ親父なんかもうどうでもいいけどさ。おふくろには捨てられて。ばあちゃんにも煙たがられて。お前以外、みんな離れていった。そのお前も鬼だったとはな。はっ……笑える。俺の人生っていったい何なんだろうな。

藍:

……ごめん。本当に、ごめんなさい。

紅:

―っ! やめろよ。そんな目で俺を見るなよ! 俺のこと本気で心配してるようなふりして……人間じゃねえくせに。しょせん、人間の真似事じゃねえか! お前なんか、……お前らさえ、いなければ。……もう、いいよ。もう俺の傍に来ないでくれ。ほっといてくれ。……一人にしてくれ。

藍:

……わかった。それでも、私は……。あなたのことが……好きだった。

 

 

ー藍、ふらりと崖にむかって後ずさり、後ろ向きに落ちる。


紅:

藍っ?! おい、やめろ馬鹿―! ……嘘だろ。こんなの……。おい、藍。藍―!!


ー間

碧:

ああ。……うん、消えたね~。

琥珀:

身体が嘘みたいに軽い。なら、あの子は―

紅:

おい、藍が崖から落ちた! もう助からないかもしれない。早く救急車を呼んでくれ!

玄:

……そうですか。じゃあ、本当に。

紅:

何だよ、お前ら。どうしたんだよ。呑気にしてる場合じゃねえだろ。早く、早く藍を助けねえと。何やってんだよ!


琥珀:

紅君。残念だけど、もう―


紅:

はあ? 何も見てねえのに、先生に何がわかるって言うんだよ! 今ならまだ助かるかもしれねえ。だから―


碧:

ねえ、紅君。わからない? 君の中の鬼が消えてること。


紅:

はっ? ……え?(異変に気付く)あ。……そんな、嘘だろ?


琥珀:

これで藍君は本当に……。

碧:

たぶん探しても見つからないよー。跡形もなく消えてると思う。

玄:

斧からも禍々しい気配が消えてる……。木更津さんは本当に鬼だったんですね。

紅:

なんだよ。こんなの、望んでねえよ……。

碧:

まさか鬼に救われるとは……皮肉なもんだねえ。でも君のおかげだよ、紅君。

紅:

んなわけねえよ。俺……最後に、あいつに酷いことを言っちまった。あいつだって悩んでたかもしれないのに、勝手に決めつけて、被害者ぶって……俺のせいだ。俺があいつを殺したようなもんだ。

琥珀:

鬼なんだ。君が罪悪感を感じる必要はないんだよ。

紅:

だからって! ずっと一緒に過ごしてきたのに……鬼でした、いなくなりました、それで納得しろっていう方がおかしいだろ! こんなん……間違ってる。


玄:

自分もそう思います。確かに鬼だったかもしれませんが、木更津さんは人として存在していたのに……。


ーぽつぽつと、雨が降ってくる。

 

琥珀:

……雨。久しぶりだね。


碧:

いつかこれでよかったんだって思う日が来るよ。さて、これから神社はどうしようかなー。何を祀るかは、よーく考えないとねー。


ー間


紅:

俺の中にいた鬼の声は聞こえなくなった。発作が起きることも、手が出ることも、火花が散るような熱さもなくなった。それなのに物足りないのは……いつも傍にいたアイツがいないからだ。


藍:

紅。


紅:

……え? ああ、いや……。気のせい、だよな。はは。鬼はいなくなったのに、ついに幻覚まで見えるようになっちまったか……。


藍:

あなたが見えなくても、聞こえなくても。ずっと……私はそこにいるから。


ーFin

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