「シミュレーションは完璧。あとは、実行のみ。」
ー(無線)
「こほん。聞こえますか? こちら〇〇。パティスリー……いえ、例の場所に到着しました。どうぞ。
……目標の品はここからは確認できません。……了解。潜入します。」
ー(無線終了)
「左右後方、無人を確認。前方に店員一名。」
ー(店に入る)
「これは……目眩(めまい)? やけにファンシーすぎる店内……くっ、もはやここまでか。
はっ! いけないいけない、危うく気を失うところだった。ここで倒れてはスパイの名折れ。任務遂行の為には、いかなる犠牲もつきものだ。」
ー(店員に声をかけられて)
「注文ですか。えっと―
『アブラナシヤサイマシカラメマシマシニンニクスクナメネギオーメ』で。
おかしい……通じていない、だと?!
いえ、失礼。これは今日の私の昼食でした。」
ー(無線)
「ボス、至急応答を。恥ずかしながら、あの……例の呪文をもう一度。……はい、心得ました。」
ー(無線終了)
「こほん。では、
『ピスタチオ&エスプレッソチョコレート香るプチ・フール・ア・ラ・パタト風味のモン・ブラン・オ・マロン~レモンコンフィチュールを添えて~』を、あるだけ全部。
なるほど、どう考えても呪文のようにしか聞こえないものが……一瞬で通じるとは。さすがボス。」
ー(店員に)
「どうもありがとうございます。釣りは要らないんで。」
ー(店を出、さっそく口に入れる)
「おお……この濃厚な生クリームと、サクサクふわふわの生地に隠れた宝石のような木の果実……なんとも美味。そしてそこに寄り添う、爽やかな香りと芳醇(ほうじゅん)な芋が―」
ー(電話がかかってくる)
「はい、無事にブツを手に入れました。早急に帰還します。
え、なんで普通に買えないのかって?
だって…恥ずかしいじゃん!!」
ーFin